2008年度
フォーラムの開催記録

 

 「フォーラム」は古典力と対話力を学術的かつ応用的に発展させるために設けられた場のひとつです。
 異なる学域の専門家との学術的対話を、若手研究者と学生が共同で企画・運営し、社会との学術的対話力の展開を図ります。

 

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倫理創成プロジェクトフォーラム(第3回日仏共同研究報告会)

  • 日程:2009年3月17日(火) 14:00~
  • 場所:神戸大学文学部 B棟152 視聴覚教室
  • 発表者:
    • 第一部 日仏共同研究報告会
    • 松田 毅氏(神戸大学人文学研究科 教授)
    • 村山武彦氏(早稲田大学理工学術院 教授)
    • 中谷友樹氏(立命館大学歴史都市防災研究センター准教授)
    • 毛利一平氏(財団法人 労働科学研究所研究部副部長)
    • 油井清光氏(神戸大学人文学研究科 教授)
    • ポール・ジョバン氏(パリ・ディドロ大学准教授)
    • 藤木 篤氏(神戸大学人文学研究科 大学院生)
    • 第二部 講演
    • 原田正純氏(熊本学園大学水俣学研究センター長 教授)
    • 「学際的研究としての“水俣学”」

 原田正純氏(熊本学園大学水俣学研究センター長)とポール・ジョバン氏(パリ・ディドロ大学)をお招きし、講演会とアスベスト問題に関する日仏共同研究の成果報告会を行います。

■レポート

  原田正純氏(熊本学園大学水俣学研究センター長)とポール・ジョバン氏(パリ・ディドロ大学)をお招きし、講演会とアスベスト問題に関する日仏共同研究の成果報告会を行った。
 原田氏は、水俣病の発生から現在まで、同事件に深く携わってこられ、「水俣学」を提唱するなど、水俣病の権威である。また、ジョバン氏は博士論文のテーマを水俣病に設定したという経歴の持ち主であり、また現在では本国フランスと日本との間でアスベスト問題の比較研究を行うなど、水俣病とアスベスト問題の双方について専門的な知識を持っている。
 水俣病からどのような教訓が得られ、それはまたアスベスト問題にどう活かすことができるのか。本校教授の松田毅が研究代表者をつとめる日仏共同研究(独立行政法人日本学術振興会 フランスとの共同研究(ANR)[CHORUS]「日仏二社会の珪肺・アスベスト疾患-空間的マッピングと人文学的研究」)との併催という形で倫理創成プロジェクトフォーラムを開催し、上記の点について議論を行う。
 前半部は、本研究プログラムの代表者である松田毅、および共同研究参画者である村山武彦、中谷友樹、毛利一平、藤木篤、そしてフランス側代表者であるポール・ジョバンによる研究報告会であった。前回(第二回日仏共同研究会、2009年1月にフランスで開催)、前々回(第一回日仏共同研究会、2008年9月に日本で開催)以来の研究の進捗状況や活動内容報告を各自行った。紙面の制約上、各報告の詳述を試みることは適当ではない。よって、ここでは研究報告に関する記述は省略する。
 後半部は、原田正純による講演会であった。「学際的研究としての"水俣学"」と題された講演は、氏が水俣病と関わる中でいかなる問題を見いだし、そしてそこからいかなる教訓を得たか、ということが主題となっていた。「水俣病の最大の失敗は、医学という狭い専門分野に問題を無理矢理に押し込めてしまったことにある。こうした公害問題にこそ、学際的研究が必要なのである」という氏の言葉は、大変示唆に富むものであると言えるだろう。
 研究報告会での発表者のひとりとして、また水俣病に関心を抱く一聴講者として、本会に参加して感じたことを率直に記す。
 水俣病とアスベスト問題には、主に広範にわたり深刻な健康被害をもたらす公害という点で、共通点がある。しかし、全く同じというわけではない。その中で、アスベスト問題に関する研究を進めようとする我々にとって、有益な点が少なくとも一つ考えられる。それは、水俣病はアスベスト問題よりも前に明らかになった問題である、ということである。ここで言わんとすることはすなわち、我々は水俣病に関する先行研究や教訓から、アスベスト問題に関する研究に適用可能な知見を得ることができる、ということである。
 それは果たしてどういった知見であるか、その一端は今回の原田正純氏の講演で明らかにされたと言ってよいだろう。「水俣病のような公害問題における学際的研究の必要性」がそれである(幸い、本プログラム(日仏共同研究)では、その態勢が整えられているのであるが)。
 水俣病研究から得られた数多の教訓は、本研究会のような学際的研究を通じ、アスベスト問題に関しどういった知見をもたらすのか。今後、そうした方面からのアプローチも徐々に重要性を帯びてくるであろうと思われる。(文責:藤木篤)

 


 

ジェンダー論研究会第1回フォーラム

  • 日程:2009年3月16日(月) 15:00~17:00
  • 場所:神戸大学文学部 A棟1階学生ホール
  • 講演者:
    • 三成美保氏(摂南大学教授)
    • 「ジェンダー概念とその有効性―スコットの議論を手がかりに」(仮題)

 三成美保氏(摂南大学教授)をお迎えし、法史学とフェミニズムやジェンダー論に関わる問題について検討します。

■レポート

 ジェンダー論研究会は、昨年12月から古典ゼミナールにおいて、ジョーン・W・スコット『ジェンダーと歴史学』(平凡社、2004年)を読み、歴史学とフェミニズムやジェンダー論とのかかわりについて基本的な事柄を学びつつ、ジェンダー概念の可能性、有効性を検討してきた。そして歴史学をはじめとして、既存の学問分野におけるジェンダー概念への対応を、基礎知識として把握するよう努めてきた。しかし、このような試みには、適切な専門家の解説を必要とする。これをふまえて本フォーラムでは、摂南大学の三成美保氏に講演を依頼した。氏はドイツ法制史、および法史学とジェンダーの問題についての専門家であり、『ジェンダーの法史学―近代ドイツの家族とセクシュアリティ』(勁草書房、2005年)の著者である。本フォーラムでの氏の演題は、「ジェンダー概念とその有効性―スコットの議論を手がかりに―」であった。司会は高田京比子氏(本研究科准教授)、ディスカサントは磯貝真澄(文化学研究科OD)と沖野真理香(人文学研究科D2)が担当した。(文責:磯貝真澄)

A.講演の内容
 ジェンダー概念の意義はいまだに議論されている。三成氏はジェンダーの3つの意義を、①概念創出 ②既存の「知」の体系に対する「学際的批判の視点」③「批判」の軸は「性と生殖」「差異化」への着目にある、と3つに分類し、これらがジェンダーを論じるうえでの核になると述べた。さらに三成氏は、スコットの「ジェンダー」の用い方のポイントになる「差異化」「権力」「政治」を挙げ、性差が社会全体の在り方を決定するという観点を持たなくてはならないというスコットの主張に同意した。また、スコットが「ジェンダー」という語が「女性」と同義に使われるようになってきていることを懸念していることに対し、三成氏は「ジェンダー」という語を使うことで概念創出を試みることの重要性を述べた。
 続いて三成氏は、ジェンダーの差異化要因は階級や人種などの他の差異化要因と密接に結びついていることを指摘し、さらに、他の差異化要因の根源にジェンダーがあると述べた。そして、現在の日本において、「ジェンダー」という語はバッシングに遭う傾向にあるが、「男女共同参画」は人々に受け入れられていることを指摘し、しかしながら、国際社会や日本政府は「ジェンダー」を用いていることから分かるように、ジェンダー研究は政治的側面を携えていることを再確認した。
 次に、ジェンダーをめぐる学際的議論に関しては、始めにジェンダー研究は「知」として構築される「認識としてのセックス」、「セクシュアリティ」、「ジェンダー(狭義の意味:性別役割)」を研究するものであるとし、自然科学、社会学、歴史学、経済学、政治学そしてジェンダー法学におけるジェンダーの議論を日本状況と欧米のそれを比較しながら、紹介した。
 三成氏は、女性学、フェミニズム、ジェンダーの3つは順に日本社会に導入されたが、相互補完関係にあるために、切り離して考えるのではなく、並列させて考えなくてはならないと述べた後、歴史学とジェンダー・パースペクティヴの受容について論じた。伝統史学は、ジェンダー史を批判学としては認めず、補完学としてのみ認めたという事実を提示した。そして、再びスコットを登場させ、スコットが属する「新しい歴史学」(new history)は言語論的展開によって生まれた傾向であり、日本では社会史に導入されたと述べた。
 最後に三成氏は、今後の展望において科学/学問における「ジェンダー主流化」を課題として、①ジャンルとしての「ジェンダー○○学」の確立 ②「○○学」における「ジェンダー主流化」の推進を挙げ、①と②両方がなされるべきであり、どちらか一方ではいけないと主張した。そして、人間モデルの転換の試みに関しては、「ジェンダー」は男性モデルの批判から出発したため、人間モデルの転換を迫っていると述べた。男性モデルは自律的市民であったり合理的経済人であると語られてきたが、これを「ケアし、ケアされる人間」と位置づけ直し、人間像を構築し、それを社会科学・人文科学の基本の人間像としていく必要がある。さらに、三成氏は親密圏の役割を学問分野で議論していくことが、ジェンダー概念の発展に必要であると述べる。ジェンダー論は近代家族批判をしてきたが、家族を批判して、その次に何が言われるかが今問われている。人間がケアし、ケアされる存在である以上、家族あるいは家族に代わる何らかが必要である。それが一体何なのか、親密圏の研究を通して見出さなくてはならない。加えて、三成氏はこれからのジェンダー研究の方向性として①ジェンダーと他の差異化要因を具体的関係についての検討 ②「近代」への視点の2つを課題として挙げた。ジェンダー研究そのものが近代への批判として登場したが、近代批判に捉われたままだと、ジェンダー研究には限界が来る。現代社会では、ジェンダー研究が批判してきた近代モデルのほとんどが崩壊しつつある。これから議論すべきは、国家間格差にもとづく労働力移動や非正規雇用における男性への逆差別などである。しかしながら、ジェンダー研究の近代批判は薄れてきているが、近代の普遍的部分をどう継承発展し活かしていくか考える必要もある。三成氏は、21世紀型の現代科学を作り上げるための骨格としてジェンダー研究に何ができるのかを模索していかない限り、ジェンダー研究に存在意義はないのではないかと締めくくった。
B.討論の内容
 始めに、ディスカサント2名(院プロ学生研究支援員)によるコメントがなされた。イスラーム史を専門とする磯貝氏は本研究会の流れに沿う形で、ライラ・アハメド著『イスラームにおける女性とジェンダー―近代論争の歴史的根源』(林正雄ほか訳、法政大学出版局、2000年)を挙げ、イスラーム史において女性が研究対象となる場合、ジェンダーという要素よりもオリエンタリズムが研究動向に強い影響を与えるという傾向を紹介した。三成氏は、これに対して、オリエンタリズムとジェンダーを結び付けていくことが第三世界のフェミニズムの重要な視点だと解釈すべきであるとした。沖野は、文学研究の立場から、文学研究の分野ではジェンダーの視点を取り入れた作品分析がなされることは頻繁にあるが、「ジェンダー」という語の多義性について深く議論されることはあまりないということを述べた。フロアを交えた質疑応答でも、八幡氏から「ジェンダー」の多義性や「ジェンダー」と「女性」が同義に認識されやすいことに関して疑問の声が上がった。三成氏はその現象自体にもある種の意味があるが、世間一般に「ジェンダー=女性」だと認識されているということは、ジェンダーについて学んだ者から改めていくよう働き掛けなくてはいけないと述べ、ジェンダーは女性と男性の関係性について議論をするものであるから、女性ばかり述べてはいけないと指摘した。その他の質疑応答では、講演の中に出てきた「親密圏」という語の再確認がされたり、ジェンダーがその他の差異化要因の根源にあることの再検討がなされたりと、活発な議論が展開された。(文責:沖野真理香)

 


 

社会学的対話とコミュニケーション

  • 日程:2009年3月11日(水)10:00~12:00
  • 場所:神戸大学文学部 A棟1階学生ホール
  • 講演者:イヴ・ヴァンカン氏(リヨン高等師範学校文学・人文科学校副学長)
  • 司会:油井清光氏(神戸大学教授)

 

■レポート

 本フォーラム「社会学的対話とコミュニケーション」は、高等師範大学人文科学校リヨン副学長イヴ・ヴァンカン氏による講演「魔術化の工学」を中心に組織されたものである。同氏は、本フォーラムが行われる前日(2009年3月11日)に開催された、大学院教育改革支援プログラム(神戸大学人文学研究科)「古典力と対話力を核とする人文学教育」のキック・オフ・セレモニーにも基調講演者として参加し、古典力育成に伴う重要事項について言及したが、その中で同氏は、学際的・異文化間の対話、つまり異質なものとの対話を通じた相互理解が、古典理解を真の意味において深めていくためには重要であると提言していた。本フォーラにおける講演は、そのことば通り、社会学の古典理論を学際的に開かれた観点から検討すること、そして(高等師範大学と神戸大学の共同調査研究を提案するなど)比較文化的な研究の可能性を模索することに焦点が当てられたものであった。  なお、「魔術化の工学」の構成は、以下の通りである。1.E.ゴッフマン理論をはじめとした古典社会学理論の学際的な理解とその応用可能性の検討、2.同理論を基調に展開している経験的調査――「現代フランス社会における消費文化と現実の組織化に関わる考察」――に関する報告と神戸大学との共同調査研究に関わる提案。
 上述したとおり、本フォーラムはヴァンカン氏による相互行為論の現代的展開に関わる講演「魔術化の工学」をもとに進められた。同氏は1998年に著作Erving Goffman : Les moments et leurs homesにおいて、アメリカの社会学者、E.ゴッフマン(1922-82)による相互行為論に関わる古典理論を総合的に分析し、その内在的理解を深めることに貢献した人物である。ヴァンカン氏は、このような古典理論の内在的研究を深めることと同時に、その現代社会における応用可能性を検討することにも積極的であり、現在では、P.ブルデューやG.リッツアーなど広範な現代理論の造詣を背景に、新たなコミュニケーション論の可能性を検討しつつ、相互行為理論全般を再構築する飛躍的なアプローチを発展させている。
 今回の講演は、1.同氏が近年、ゴッフマン理論を基調に再構築した相互行為分析の理論的分析枠組み――ゴッフマンのフレーム理論を「再魔術化re-enchantment」(リッツアー)に関する議論との関連で再構成したもの――を紹介すると共に、2.それをもとに、現在同氏が高等師範大学内に組織した研究グループと共に進めている経験的調査研究「現代フランス社会における消費文化と現実の組織化に関わる考察」の調査経過報告を行う事を中心に進められた。上述の研究グループは、ヴァンカン氏が相互行為論に携わる若手研究者を中心に組織した学際的な研究グループであり(社会学、人類学、哲学、言語学等の若手研究者によって組織されている)、同氏はこのグループと共に進めた経験的調査もとに、自らの理論枠組みに修正を加え、再構築、精緻化していくことを目的としている。
 講演を通じて、神戸大学大学院人文学研究科においても、同様の研究チームを組織し、上述の共同調査研究を展開していくことができれば、比較文化的な議論を展開する事が可能になるだろうと言及した。講演後は、社会学専攻の教員、研究員をはじめ、哲学や美学専攻の研究員、大学院生からも感想、質問等が提示され、それを通じて有意義な議論が展開された。
 ヴァンカン氏がその理論内在的分析を専門とする社会学理論家、E.ゴッフマンは、社会学に限らず、人類学や哲学、そして言語学など幅広い領域における諸理論を援用することを通じて自らの相互行為理論を構築した。ヴァンカン氏が本講演を通じて明らかにした一連の研究活動――(1)理論的分析枠組みの構築→(2)同理論を応用した学際的な経験的研究調査の実施→(3)経験的調査をフィードバックした理論的分析枠組みの再構築――は、このようなスタンス、つまりゴッフマンが生涯一貫して保ち続けた学際的、経験的なスタンスを踏襲したものであり、この研究姿勢を堅持することは、同理論の内在研究を厳密に行っていくためにも、相互行為論そのものの現代的応用可能性を模索するためにも重要なことであると思われる。
 報告者(速水)個人としては、ゴッフマン理論をはじめとした相互行為論の内在的分析を専門に研究しており、ヴァンカン氏の一連の理論内在的分析に関わる業績には関心を持っているが、今回の同氏による講演を通じて、現代進行中である(未だ公に発表されていない)相互行為論の「再魔術化論/フレーム論」の再構築に関わる理論的・経験的調査研究について知る事ができたことは、非常に良い経験であったと思っている。また、同氏が提案した共同研究をできれば神戸大学を基盤に進めていくことにも、今後携わっていきたいと考えている。(文責:速水奈名子)

 


 

カント感性論の現在形
(第3回神戸芸術学研究会/第15回視聴覚文化研究会 合同研究会)

  • 日程:2009年3月8日(日)13:00~17:00
  • 場所:神戸大学文学部 B棟152 視聴覚教室
  • 発表者:
    • 杉山卓史氏(京都市立芸術大学非常勤講師)
    • 伊藤政志(近畿大学医学部非常勤講師)
  • コメンテーター:中川克志氏(京都大学非常勤講師)
  • オブザーバー:長野順子氏(神戸大学教授)

 コンピューター・テクノロジーの到来によって大きく変化する社会において、カント哲学、とりわけ感性論を私達はどのように捉えることが可能なのか。またこうした状況下で、カント哲学の周辺で従来語られてきた、「カント哲学のアクチュアリティ」という問題は、どのように考えることができるのか。以上の問いをこのフォーラムでは検討する。

■レポート

 コンピュータ・テクノロジーの到来によって大きく変化する社会において、カント哲学、とりわけ感性論を私たちはどのように捉え、または捉え直すことが可能なのか。またこうした状況下で、カント哲学の周辺で従来語られてきた「カント哲学のアクチュアリティ」という問題はどのように考えることができるのか、そもそも問いとして成立するのか。本研究会は、以上の問題に対して様々な側面から検討した。

「心身問題から感性論へ―不惑のカント―」(杉山)
「人間はモノに還元できるか?」――生きた人間の脳内で何が起こっているのかを次々に明らかにしつつある脳神経科学の近年の発展は、哲学にこの問いを突きつけている。伝統的な「心身問題」が「心脳問題」として新たに重要性を帯びてきているのである。その際にしばしば参照されるのが、「自由」をめぐるカントの第三アンチノミー論である。『純粋理性批判』において、彼は「世界は自然法則によって説明しつくせる。自由は存在しない」と「世界は自然法則によっては説明しつくせない。自由が存在する」という二つの相矛盾する命題が共に成立してしまうことを明らかにした。すなわち、「人間はモノに還元できるか?」という問いを、理性は肯定も否定もできてしまう――ということは、肯定も否定もできないのであって、まさにこの点に理性の限界が存する。
 こうしたカントの二世紀以上も前の主張から、現代の哲学(特に「心の哲学」)はどれほど前進しえたのだろうか。きわめて疑わしく思われるのだが、本発表で問題としたいのはそのこと自体ではなく――なぜなら、発表者は「心の哲学」の専門家ではないのだから――、こうした主張にカントが至ったプロセスである。実は、その奥底に「感性論」の問題が存しているのである。結論だけを叙述した『純粋理性批判』には隠されているこのプロセスを、批判哲学成立前夜の著作群を手がかりに再構成するのが、本発表の目標である。

「カントに初音ミクを批判させてみた―脱魔術化時代におけるイリュージョンのために―」(伊藤)
 カント研究は―おそらくかつてないほどに―時代状況に無頓着でいられなくなっている。しかし、美、形式、天才、快、自律、普遍的妥当性など、カントが取り組んだ近代美学の基礎概念は、現代アートやメディア文化の分析にはほとんど通用しない。もはやカント美学のアクチュアリティーへの問いさえもアクチュアルとはいえなくなっている。
 こうした現況を踏まえるならば、現今のカント美学研究において必要であるのは、近代美学が読み落としてきたカント美学から、これまでのカント美学(近代美学の基礎としてのカント美学)を解体構築していく作業であるように思われる。アクチュアリティーへの問いは、当然ながら、ポテンシャリティーの再検討へと至る。近年隆盛している文化研究もまた、こうした方向性に基づいて、優れた成果を挙げている。しかし、本発表では、「可能性」という様相概念を念頭に置き、カントのテキストからカント美学研究の新たな文法、可能的なものを媒介とする感性論としてカント美学のポテンシャリティーを提示することにしたい。

 フォーラムにかんする告知が遅れたのにもかかわらず、当日、多くの来訪者があった。参加者の多くは、神戸大学または関西の大学に所属し、とりわけメディア、社会、文化に注目した芸術学、美学を専門領域とする大学院生と若手研究者たちであった。
 そうしたカント哲学に馴染みのない参加者たちに杉山、伊藤両氏は、難解で込み入ったカント哲学の内的構造を簡潔に提示しつつ、こうした構造を従来とは異なる視点で読み取り、現代におけるカント哲学の有効性を明らかにした。両氏共に現代におけるテクノロジー、メディア、文化などに敏感に反応した発表であったため、発表後に開いた発表者と参加者との間の質疑応答では、現代におけるテクノロジー、メディア、社会、文化とカントとの関係性や有効性に力点が置かれ、予定時間を越える活発なディスカッションが行われた。(文責:松谷容作)

 


 

第7回 歴史文化をめぐる地域連携協議会
「自治体合併後の地域遺産の保全・活用をめぐる現状と課題」

第7回歴史文化をめぐる地域連携協議会 第7回歴史文化をめぐる地域連携協議会
  • 日程:平成21年(2009)年2月1日(日)11:00~17:00
  • 場所:神戸大学瀧川記念学術交流会館
  • 主催:神戸大学大学院人文学研究科、同地域連携センター
  • 共催:兵庫県教育委員会、小野市教育委員会、佐用町教育委員会、香寺町史編集室
  • 参加者数:74名
  • プログラム:
    • 第1部
    • 岡田知弘氏(京都大学大学院経済学研究科教授)
    • 「『平成の大合併』の歴史的意味と地方自治・地域づくり」
    • 第2部
    • 大槻守氏(香寺町史編集室長)
    • 「自治体史編纂史料の行方と自治体合併」
    • 藤木透氏(佐用町教育委員総務課文化財係課長補佐)
    • 「合併と公文書・地域史料 ~その保存への思いと現実~」
    • 上田脩氏(丹波市春日町棚原地区自治会棚原パワーアップ事業推進委員会事務局長)
    • 「地域の歴史文化を活かしたまちづくり」
    • 第3部
    • 村上裕道氏(兵庫県教育委員会文化財室長)
    • 「文化財専門職員の動向 -市町村合併前後を比較して-」
    • 紀藤雄一郎氏(神戸大学人文学研究科博士課程前期課程)
    • 「学生の視点から」

 神戸大学大学院人文学研究科倫理創成プロジェクトの主催で開催された本フォーラムでは、アメリカ哲学や東洋‐西洋比較哲学、フェミニスト倫理、ジェンダー・セオリーなどを専門に研究されているヘザー・キース氏によって、フェミニズムの観点からケアの倫理(the Ethics of Care)についての講演が行われた。フェミニズムに関するフォーラムのため、古典ゼミナールのジェンダー論研究会が共催となった。ケアの倫理に基づいたキース氏のフェミニズム観は、フェミニズムやジェンダーの問題を敬遠しがちな学生にとっても受け入れやすいものである。

■レポート

 「地域連携協議会」とは、地域連携センターが、毎年の年度末に開く、歴史文化をめぐる協議会(カンファレンス)である。県内自治体の文化財担当者、博物館等の学芸員、市民・NGO団体、大学関係者が一同に集うことで、県内各地の各分野での取組や活動の情報交換をはかり、歴史遺産の保存・活用のためのネットワーク作りを進めることを目的として開催されている。本年は70人を超える参加者を得て、盛況のもとに行われた。

 最初に午前の第1部では、京都大学の岡田知弘氏より「平成の大合併」後の地方自治・地域づくりのあり方についての基調講演がなされた。そして午後の第2部では、現場の方々からの具体的な報告があり、香寺町史編集室の大槻守氏より、自治体史編纂の現場について、佐用町教育委員会の藤木透氏より、合併による組織改変や公文書の処理について、棚原パワーアップ事業推進委員会の上田脩氏より、歴史文化資源の活用の実践についての報告がそれぞれなされた。さらに第3部では、兵庫県教育委員会の村上裕道氏と神戸大学院生の紀藤雄一郎氏より、コメントがあり、それらをもとに総合討論が行われた。

 いずれの現場においても、自治体合併後の地域遺産の保全・活用をめぐる厳しい現状が確認されたが、そうした中でも、同時にそれらに自律的に対応しようとする実践のあり方の呈示もなされた。こうした問題については、自治体関係者と地域住民が各々の現状と問題意識を共有し、議論をすることが、第一義的に重要である。そうした意味において本協議会は、自治体合併後の地域遺産の保全・活用をめぐる各々の諸活動の紐帯としての役割を果たす、貴重な集まりとなったのではないかと思う。(文責:新見克彦[学術推進研究員])

 


 

バイオエシックスとカント(第2回倫理創成フォーラム)

  • 開催日:2009年1月15日(木)C棟3F会議室
  • 報告者:蔵田伸雄氏
  • コメンテーター:
    • 志村幸紀氏
    • 食見文彦氏
    • 信田尚久氏
  • 参加人数:30名程度

■レポート

 カントを専門としつつバイオエシックス(生命倫理学)の分野においても一線で活躍される蔵田伸雄氏(北大)を招き、院生とともに、 バイオエシックスの先端的諸問題を、カント倫理学という古典的枠組みと照らしあわせつつ検討した。

 第1部の蔵田伸雄氏(北海道大学大学院文学研究科准教授)による講演(講演タイトル「カントの「人間の尊厳」と人胚研究の倫理」)では、ES細胞研究における生命倫理上の問題点、「人間の尊厳」という概念が一般的にもつ規範的な価値と特にカントの使用においてもつ意味、ES細胞研究における生命倫理上の諸問題への人間の尊厳概念の応用に関し発表が行われた。さらに講演では、「古典力と対話力」というパースペクティブから、哲学的立場から応用倫理の諸問題に接近する際の基本的姿勢や、基礎研究が持つ意義に関しても言及された。

 第2部では博士後期院生コメンテーターの志村幸紀、食見文彦、信田尚久を中心にフロアを交えてのディスカッションが行われた。コメンテーターはそれぞれ、生命倫理的観点、人間の尊厳という概念の哲学史的位置づけ、カント倫理学の立場から質問を行い、カント倫理学を生命倫理の先端的問題に応用することの有効性とその射程が中心的な議論の争点となった。(文責:藤井)

 


 

ヨーロッパにおける〈マンガ〉と〈日本〉

  • 開催日:2008年12月8日(月)
  • 基調講演:ジャン=マリー・ブイッスー氏(パリ政治学院 国際研究調査センター研究部長)
  • コメンテーター:荻野昌弘氏(関西学院大学教授・先端社会研究所所長)
  • 報告者:
    • 猪俣紀子氏(くらしき絵本館代表)
    • 雑賀忠宏氏(神戸大学大学院人文学研究科・学術推進研究員)

■レポート

  日常的に人々が慣れ親しむ文化を象徴的な闘争と交渉の場とみなすカルチュラル・スタディーズの隆盛に示されるように、文学や社会学、芸術学といった人文学の領域において、ポピュラー文化が学際的な問題構成の新たなレパートリーとして浮上してきて久しい。近年、「クール・ジャパン」というフレーズのもとで、欧米やアジア地域において人気を博しているとされる日本発のポピュラー文化であるマンガもまた、社会現象として人々に注目されているだけでなく、こうした視座からの研究関心を集めつつある。上記のような状況のもと、マンガという特定の文化領域を議論の共通のステージとして設定することで、日本とヨーロッパ、あるいは人文学と社会科学、研究者と市民といった様々な項の関心を結びつける学術的対話の実現を目的として、本フォーラムは開催された。
 まず、パリ政治学院の国際研究調査センター研究部長であり、ヨーロッパにおけるマンガ・ブームに関心を持つ人文学・社会科学系研究者たちのネットワーク「マンガ・ネットワーク」の中心的人物でもあるジャン=マリー・ブイッスー氏(政治学)に、この研究ネットワークが現在進めている、ヨーロッパのマンガ読者層に関する大規模なアンケート調査についてご講演いただいた。マスメディア上では「クール・ジャパン」というフレーズのもとで日本のソフト・パワーを示すものとして捉えられているマンガであるが、実際にヨーロッパの読者たちがどのようにマンガを読んでいるのか、そして彼らの持つ日本についてのイメージがそうしたメディア経験とどのような関係にあるのかについては、実態はよく知られていないのが現状である。まさにこの点を問うたブイッスー氏らの調査報告では、マスメディア上で流通している、マンガと結びつけられた「クール・ジャパン」というイメージが、必ずしも従来の日本イメージを一変させるほどマンガの読者たちの間に浸透しているわけではないことと、一方で日本に対するネガティブなイメージは和らいでいる傾向がみられることが述べられた。次いで、この基調講演に対して、『マンガの社会学』(世界思想社刊)の編者である関西学院大学教授の荻野昌弘氏(社会学)からコメントをいただいた。荻野氏はフランスのコミックであるバンド・デシネ(BD)とマンガとの差異について、BDの実物を提示しながら述べるとともに、「カワイイ」のような、日本的な記号表象に対する受容の広がりを読み解いていくことが今後必要となるであろうことを指摘した。
 その後、くらしき絵本館代表であり、フランスにおける若者層のマンガ受容について詳しい猪俣紀子氏と、文化社会学の視座からマンガ文化について研究している本学学術推進研究員の雑賀忠宏氏がそれぞれ欧米におけるマンガをめぐる状況について報告を行った。猪俣氏はフランスにおいて日本のマンガが読者を獲得していく歴史的過程と、それと入れ替わるように衰退していったフランスのBD雑誌の変遷について述べ、『週刊少年ジャンプ』に代表される日本マンガ雑誌とフランスのBD雑誌とのメディア特性を比較しつつ、フランスでなぜ日本のマンガが若者層から支持を得たのかについて報告した。また、雑賀氏は、2008年現在のフランスにおける日本マンガの翻訳出版状況と、マンガの浸透につれて登場してきている、OEL(Original English Language)マンガをはじめとする非日本語圏の作者の手によるマンガを紹介しながら、学園生活など、そうしたマンガに描かれている想像上の〈日本〉の風景が日本の外の読者層にとっていかなる魅力を持ちうるのかという問題に関する議論について、現実の日本を想起させる「芳香性」を帯びた文化商品であると受け取るものと、それがあくまで「記号としてのマンガ的〈日本〉」であるからこそ魅力を持ちうるのだとするものの二通りの視点を指摘した。
 報告後の討議では、ブイッスー氏の調査の詳細と今後の展望についての質問や、アジア圏におけるマンガ読者層の拡大との比較についての意見などが中心的話題となった。
 開催の周知期間の短さから参加者の少なさが危惧されたが、蓋を開けてみれば、神戸大学の学内のみならず、学外からも本テーマに関心を持つ人々の多数の参加を得ることができた。中でも、文化人類学の立場から日本の少女マンガ読者について研究している京都精華大学准教授のマット・ソーン氏や、韓国におけるマンガ受容の様相について詳しい仁愛大学講師の山中千恵氏といった参加者からは、報告後のディスカッションにおいて、追加報告といってもよい多くのコメントが提示された。元々企図されていた日本とヨーロッパとを結ぶ学術的対話のみならず、はからずも所属組織や依拠する学問領域を超えた学術的対話がマンガという主題を基盤として実現できたかたちであり、本大学院教育改革支援プログラムの目的に照らしても一定の成功をおさめたといってよいであろうと思われる。(文責:雑賀忠宏)

 


 

第1回倫理創成フォーラム

  • 開催日:2008年11月14日(金)15:00~19:30
  • 報告者(第一部):
    • 成瀬尚志氏・藤木篤氏(神戸大学)
    •  ポール・ジョバン氏(パリ・ディドロ大学)
    • 長松康子氏(聖路加看護大学)
  • 講演者(第二部):
    • マリ・クリスティーヌ氏(国連ハビタット親善大使)
    • 永倉冬史氏(中皮腫・じん肺アスベストセンター事務局長)

■レポート

  研究会では、倫理創成プロジェクトがこれまで取り組んできたアスベスト問題に関して、専門家やNPOの立場から実践的活動を行っている方々をお招きし、ご報告いただき、アスベスト問題を人文学の学域横断的主題としてさらに深め、展開させる基盤を見出すことを目指した。

 第1部では、まず倫理創成プロジェクトの活動全体に関して松田毅(人文学研究科教授)が報告した。次いで、プロジェクトに参加している成瀬尚志(同研究科教育研究補佐員)と藤木篤(同研究科博士後期課程)がアスベスト被害者への聞き取り調査の意義に関して共同報告し、倫理創成の観点で一人称からのリスク評価という視点の重要性を強調した。社会学のポール・ジョバン(パリ・ディドロ大学准教授)からは、フランスにおけるアスベスト被害の実情や補償状況に関する報告がなされた。看護・保健学の長松康子(聖路加看護大学助教)からは、今後深刻な問題になると予想される子どものアスベスト被害に関する報告がなされた。

 第2部では、アスベスト問題に実践的に取り組んできたマリ・クリスティーヌ(国連ハビタット親善大使)と永倉冬史(中皮腫・じん肺・アスベストセンター事務局長)から、その活動内容に関する報告がなされた。最後に、永倉が、災害時のアスベスト被害を予防するために子ども用の防じんマスクの備蓄を推進する「マスク・プロジェクト」の趣旨の説明を行った。当日は学生だけではなく、一般市民やマスコミも数多く参加し、アスベストリスクに対する予防とコミュニケーションの具体化に向けて、活発な討議が行われた。なお、会の様子が当日、午後8時45分からのNHKのローカルニュースで報道された。(文責:稲岡大志[学術推進研究員])