研究概要

研究の背景・目的

 急激な人口減、流動化の中で、日本各地で維持されてきた膨大な地域歴史資料は消失の危機にある。地震災害、大水害の続発は、この事態を加速させている。我々は、科研(S)「大規模自然災害時の史料保全論を基礎とした地域歴史資料学の構築」で、阪神・淡路大震災以来の大災害時に集約されたデータを基本に、地域歴史資料を次世代に引き継ぎ、住民の歴史認識を豊かにする地域歴史資料学の構築を進めた。研究途中、東日本大震災が起こり、新たに、広域災害、津波、放射能被曝に対応する史料学の構築に迫られるとともに、大災害が継起する日本列島の地域社会において、災害を記憶し、災害に強い「災害文化」を形成することも喫緊の課題となっている。これらに対応しうる地域歴史資料学を従来の成果の上に確立することが研究目的である。

 地域歴史資料は、歴史的アプローチを取る人文社会科学のみならず、歴史的事象を取り扱う地震学等の自然科学においても実証研究の基礎をなす重要な資料であり、住民にとっては地域文化の基礎となるものである。しかしながら中山間部を中心とする急激な人口減少、都市部での流動化、災害の多発化で、地域歴史資料は消失の危機にある。地域歴史資料について、保全活用を含めて、これを体系的に研究する学問領域としての地域歴史資料学が生まれてくるのは、阪神・淡路大震災における歴史資料ネットワークの歴史資料保全活動と、それを基礎とした歴史資料学研究がその嚆矢である。

 研究期間中に東日本大震災が起こり、代表者及び分担者の多くは、本研究の中間的な成果の上に、東日本大震災に対する実践的な対応を進めることとなった。科研での研究も2011年後半から、被災地での実践的研究を重視することとなり、新たな課題を突きつけられることとなった。それは、①広域災害、津波災害、放射能被曝等に対応しうる実践的方法をいかに開発するのか、②大災害が継起する日本列島において、地域社会が災害を記憶し、災害に対応しうる能力を持つ「災害文化」形成を担いうる地域歴史資料学をいかに確立するのか、という2つの課題である。代表者及び分担者は、このような危機意識を共有する中で、進行中の東日本大震災への対応及び、必ず起こる海溝型地震等の大災害を想定し、関係する研究者を加えて、この課題に対応するための研究をさらに展開しようと考えるに至った。

研究の方法

 本研究では、東日本大震災によって新たに突きつけられた2つの課題を研究する。

 第1の課題は、これまでの直下型地震や大水害にはない、海溝型巨大地震が直接的に提起するもので、広域災害、津波災害、放射能被曝等に対応しうる実践的方法の開発である。そのために、これまで蓄積してきた災害時の方法論を踏まえた、海溝型地震被災地での歴史資料保全活用についての具体的対応論を、東日本大震災での歴史資料保全活動のデータを基礎に研究する。巨大地震における地域歴史資料保全のためには、広域での地域歴史資料についての情報共有と共同した被災地への対応が必要となる。

 第2の課題は、大災害が継起する日本列島においては、地域社会が災害を記憶し、災害に対応しうる能力を持つ「災害文化」を形成することが極めて重要であり、これに資する地域歴史資料学の確立のために、新たな研究領域を開拓するこである。

期待される成果と意義

 東日本大震災を踏まえて地域歴史資料学を確立することで、地域を基礎とした歴史的アプローチを手法とする人文社会諸科学の基礎的条件を維持し、災害等リスクの増大する現代社会における人文社会諸科学研究の基盤を構築する。

 海溝型地震における広域災害、津波災害、放射能被曝等に対応しうる実践的方法を開発することで、東日本大震災で継続中の地域歴史資料保全活用を促進するとともに、必ず起こる海溝型地震に対応しうる実践敵方法を研究者及び地域社会に提示しうる。

 また、記憶の継承を含む地域歴史資料学を確立することで、阪神・淡路大震災から東日本大震災に至る災害の記憶の継承に指針を与え、大災害の記憶を次世代に引き継ぎ、地域における「災害文化」形成に資するという意義を有する。その上で、日本の先駆的研究を世界に発信することで、世界各地の地域歴史資料を消滅の危機から救う可能性を拡大しうる。

研究課題名 基盤研究(S) 人文社会系(人文学) 災害文化形成を担う地域歴史資料学の確立-東日本大震災を踏まえて-
研究課題番号 26220403
研究代表者 神戸大学・大学院人文学研究科・教授 奥村 弘(オクムラ ヒロシ) 研究者番号:60185551
研究期間 平成26年度-30年度
外部リンク 日本学術振興会HP掲載の本科研の趣旨文はこちらより確認できます。
備考 2013年度以前の活動はこちらより確認できます。