科研の趣旨

【研究の背景・目的】

 現在、コミュニティの危機に端的に現れているように、地域社会の急激な構造転換の中で、日本の地域社会で維持されてきた膨大な地域歴史資料は滅失の危機にある。さらに活動期を迎えた地震による災害、地球温暖化に関連する大規模風水害の続発は、この事態を早めることになった。阪神・淡路大震災以降の大災害時における歴史研究者による歴史資料保全活動の継続的展開の中で、指定文化財を基本とした歴史資料保存や、地域住民による保全に依拠するのみでは、地域歴史資料の保全が不可能であることが明確になった。この危機的状況を放置するならば、地域社会の歴史を明らかにし、歴史研究を発展させることは著しく困難となる。

 そこで本研究では、地域歴史資料を巡る問題が集約的に問われた被災各地で、その保全に当たった歴史研究者を中心に、各地域での歴史資料の現状を現地での再調査や関係者等との共同討議等から把握し、データとして相互に共有する。これを基礎に、これまでの歴史資料学の研究蓄積や国際的な歴史資料学の成果を利用し、さらに歴史学に隣接する文化財保存科学、建築史等の協力も得て、各地で生まれた歴史資料保全論や萌芽的な地域歴史資料学について比較検討を行い、その中から、緊急の課題となっている、地域歴史資料を次世代に引き継ぎ、地域住民の歴史認識を豊かにしうる地域歴史資料学を構築することを研究目的とする。

【研究の方法】

 本研究では、新たな地域歴史資料学を構築するために、各地の大規模自然災害による被災地の歴史資料保全論に焦点を当てる。なぜなら、災害時には地域における日常時の史料保全の有り様が、最も直接的に現れるためである。そこで、(1)被災地を中心に形成されてきた個別の歴史資料保全論を総括し、現地での調査・ワークショップを含めて集中的に検証するという手法を第一に採る。ここでは、被災各地の歴史資料論から、地域歴史資料を巡る地域社会の状況と、地震や洪水等の災害の在り方や、災害後と災害前(予防)での史料保全の差異を具体的に把握するとともに、そこから生まれた被災各地の歴史資料保全論の特質を究明する。

 その上で、(2)この歴史資料保全論が歴史資料学の展開の中でいかなる位置にあるのかを把握するとともに、(3)地域文化財の全体の中で地域歴史資料の位置を建築史や美術史の協力により、明確にする。さらに、文化財保存科学による被災史料の修復等に関して、特に水損した紙資料に対する新たな技術を基礎とした緊急事態における科学的な歴史資料の保存論に具体的に対応することによって、次世代の歴史研究を支える新たな地域歴史資料学の構築を目指すものである。

【期待される成果と意義】

(1)地域歴史文化の研究と継承を支えるという緊急性の高い課題に対して、歴史資料学からその基盤を形成する学術的貢献が可能となる。このことが日本各地の地域歴史文化を支えるという点で、社会的な波及効果は極めて高い。

(2)具体的、実践的な自然災害時の歴史資料保全のための学術的な指針を作成することは、日本各地の歴史関係者の大規模災害時の歴史資料保全に対する能力を高める点で高い波及効果を持ち、自然災害発生時に、歴史文化の面から社会的貢献を果たすことができる。

(3)大規模自然災害時の日本の先駆的な研究を世界に発信することは、国際的にも歴史資料を滅失の危機から救う可能性を拡大する点でも大きな意義を有する。