留学体験談

青木弘子さん
(近代チェコ史、人文学研究科社会動態専攻 博士後期課程在学中)

 去る5月12日、今年70回目を迎える『プラハの春音楽祭』が市民会館のスメタナホールで開幕しました。演奏はお馴染みチェコ・フィルハーモニー管弦楽団ではなく北ドイツ放送交響楽団。ナチスからの解放70年目でもある今年、『プラハの春音楽祭』でドイツのオーケストラが、民族運動の象徴ともいえる市民会館でスメタナの『我が祖国』を演奏する。幾重にも重なるチェコの歴史を集約したかのような場、そこに居合わせることのできた感動に身を震わせました。
 私は昨年9月からここチェコ共和国の首都プラハに政府奨学生として滞在しています。私の研究対象が比較的新しい分野ということもあり、資料や文献などは日本では入手困難でした。しかし今では、旬のテーマであることを示すかのように次々と出版される論文集や書籍をすぐに手に取ることができます。また、専門の研究者と直接話し、意見を仰ぐ機会も得られました。その深い知識と広い視野、そして最先端の研究方法に直に触れられることは、今後の研究に大きな意義をもたらすでしょう。
 留学生活では机上だけでは得ることのできない「生きた歴史」を肌で感じることができます。知人の曽祖父は、チェコ系住民でしたが、第一次世界大戦後もオーストリア・ハプスブルク帝国の復活を望み続けた人でした。ポーランド人の友人の祖母はテッシェン出身で、チェコとポーランドの間で揺れ動くアイデンティティを持っていました。文字化されることのない、しかし存在した数多くの人々の語りは、歴史への向き合い方を問いかけてきます。
 ほぼ毎日、ヴルタヴァ川を挟んで、丘の上にそびえるプラハ城を横目に石畳の町を歩きます。町の通り一つ一つに歴史的由来があり、ちらりと過去が顔を覗かせます。ビールはもうVelké(大)を飲み干せるようになりました。最近は芝生で昼寝をすることが楽しみです。休みには深い森に囲まれたボヘミア、なだらかな草原の続くモラヴィアの村々に遊びに行きます。西洋史の専攻を希望される方、特に日本では馴染みのない地域を専攻される方には、現地の空気を吸い、過去の連続上にある現在を肌で感じることのできる留学をぜひともお勧めいたします。


プラハ 市民会館 スメタナホール プラハの春 (撮影:青木弘子)

プラハ ペトシーンの丘からのプラハ城 (撮影:青木友人)

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市原晋平君
(近世ハンガリー史、人文学研究科社会動態専攻 博士後期課程在学中)

 近世ハンガリー史を専攻している私は、大学院の博士後期課程に進学した後、ハンガリーのミシュコルツ大学に2年半留学しました。現地の大学でハンガリー語やラテン語の手稿史料の読解方法を習得し、また、文書館や図書館での史料・文献調査を通じて、博士論文の準備を整えることが主な目的でした。また、留学時にはハンガリー政府から留学奨学金を受給することができました。申請には英語での研究計画書が求められ、英語、またはハンガリー語での面接が行われるため、苦労もありましたが、奨学金を獲得できたことで、経済面で大きな助けとなりました。
 留学から得られた経験は意義あるものでした。まず研究面では、上述の目的がある程度達成できたこと、中でも文書館での本格的な史料調査を初めて体験できたことが何よりも重要でした。私の研究テーマにとって、現地の文書館に収蔵されている近世ハンガリーの手稿文書を読み込んでいくことは、不可欠な作業となります。文書館に足繁く通い、黙々と史料に向き合うことは、根気のいる作業ではありますが、従来の研究では知られていなかった史料に出会えた時の興奮は何にも代えがたいものがありました。調査の過程で、より具体的な歴史像が描けるようになり、博士論文の構想も徐々に具体化し始めました。また、研究テーマ(ハンガリーのツィガーニの歴史)を同じくする研究者と、授業の場や研究会などで語り合えたことも大きな刺激となり、自分の研究の立ち位置、長所・短所をより深く認識することにつながりました。これは日本にいてはなかなかできないことの一つではないかと思います。研究に限らず、より広い視野で見ても得られたことはありました。言語能力については2年半のうちに多少はまともになったと思います。留学当初は、ハンガリー語もままならず、銀行や移民局での手続きの際には付き添いが必要でしたが、そのうち一人でこなすようになっていました。
 最後に、将来留学を考えている学部生、大学院生には、単なる旅行でも構いませんので、本格的な留学以前に自分が留学したい国や街を一度訪れてみることをお勧めします。実際に現地の空気に触れることは刺激になりますし、自分がこの場で将来生活することになるのだという自覚を持ちつつ、留学の準備に臨めるからです。私も留学前に2度ハンガリーに短期滞在し、この土地のことをより知りたいと思えたことが留学への大きなモチベーションになったと考えています。
 それでは、皆さんの留学も有意義なものとなることを願っております。


ブダペシュト ドナウ河(撮影:市原晋平)

ブダペシュト ハンガリー国会議事堂(撮影:市原晋平)

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野村雄紀君
(近世ヴェネツィア史、人文学研究科社会動態専攻 博士後期課程在学中)

 西洋史を学ぶということは、日本の外に視野を広げ、我々のものとは異なる文化を学ぶということを意味します。特に、博士後期課程まで進学して研究を続ける場合には、研究対象とした地域に実際に赴き、文書館に所蔵される史料を読み解くことが推奨されます。私は、博士前期課程在籍中の2012年9月から2013年6月にかけて、イタリアのヴェネツィア大学に留学し、現地で研究する機会に恵まれました。
 「『国家』と『家族』は反比例する。」留学先での指導教員が授業中に述べられたこの言葉は、今でも私の胸に深く刻み込まれています。「国家」とは、文字通り国家により運営される公的な制度のことを指します。「家族」とは、文字通りの意味での家族や、友人関係、隣人関係なども含む、私的な人間関係全般のことを指します。前者が強くなれば後者が弱くなり、その逆もまた同じです。外国支配の下で「国家」の制度が住民を搾取してきたり、仮にそうではなくとも、公的な制度が機能不全に陥ったりすることが多かったという歴史を持つイタリアでは、伝統的に「家族」が強固であると考えられています。留学中にも、水上バスの乗り降りや階段の昇降の際に何も言わずにお年寄りを助けるヴェネツィアの人々の姿や、バールで道を聞いた時にその場にいた全員で道を教えてくれたバーリのおじさん達など(もっとも、南部訛りと一斉に大声で話しかけてきたため、何も聞き取れませんでしたが…)、イタリアにおける「家族」の強固さを印象付ける多くの場面に遭遇しました。他方で、20世紀後半のテロリズムの嵐やマフィアを巡る抗争など、イタリア現代史に暗い影を落としてきた自力救済の論理もまた、「家族」の強固さの1つの側面なのでしょう。このように、現代の各地域のあり方は歴史によって深く条件づけられています。そして、こうした深層の文化を認識するためには、長期にわたり現地の人々の中で生活することが必要であると、私は考えています。留学は、こうした異文化を知り、ひいては同様に歴史的に構築されている日本の文化を再考する絶好の機会を与えてくれることでしょう。
 私は全学の交換留学制度を利用することができ、神戸・ヴェネツィア両大学から様々な支援を受けることができました。また、西洋史学専修には、人文学研究科の留学プロジェクトや政府給付留学制度、ロータリーの奨学金など、様々な手段で留学した先輩がいました。そのため、事前に様々な留学体験を聞いておくことによって、私も気後れなく留学を決意することができました。是非皆様も、まず留学経験者の話を聞くことから始めて、留学に挑戦してみませんか?

ヴェネツィア・サンマルコ広場(撮影:野村雄紀)

ヴェネツィア国立文書館中庭(撮影:野村雄紀)

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