アスベスト被害聞き取り調査—今井桂子氏 [2009-02-27]
松田
それは継続的に今もあるのでしょうか。
永倉
今は相談の要望そのものがほぼなくなってきていますから、日程は決まって一週間前に僕のところに連絡が来るようになっていて、要望があれば僕のほうから句のほうに「今回は何人要望がありました」という連絡をするんだけれども、ここのところは、このあいだ1件だけNさんから相談があったんですけれども、あとはほとんどなくなっていますね。今井さんは心理相談を受けられたことはありますか。
今井
私は心理相談はないですね。リスク値だけです。
永倉
心理相談だけの方とリスク相談だけの方と両方受ける方とパターンがあって、あとはグループで受けたいという方もいて、その場合は僕のほうで「グループで」という依頼をして、区のほうに場所の設定をしてもらいます。なぜそうなっているかというと、保護者の方は区に直接お願いするのは個人名もわかってしまうから嫌だという方もいらっしゃるので、アスベストセンターのほうで集約してくれという話があったからです。
今井
当初は喋りたくない、顔も見たくないという感じで対応されていたので。
永倉
相当ひどかったですからね。
松田
相談のかたちなんですけれども、基本的には親御さんが来ていらっしゃるということですか。お子さんが一緒ということはほとんどないですか。
今井
一番上でもまだ今度高校なので、今までは一緒に行くということはなかったです。これからはもしかしたらあるのかもしれないですけれども。過去に保護者がどういうふうに子どもに説明したかということもわかりません。言っていないおうちもあるかもしれませんし、そのへんはわからないです。
永倉
今検討委員会の中でときどき話題になるのは子どもたちが段々大きくなって、喫煙との関係をきちんとお知らせしていく必要があるだろうということと、その場合に区が禁煙教育みたいなことを108人にやるということは区としても難しいんですよね。だったら区の同じ年代の子どもたち全員にそういった教育をやることで子どもたちにも知ってもらうという方法がいいのではないかというような議論が今されています。禁煙教育に関しては急務なところがあると思います。早い子だともう吸い始めてしまう子もいますので。
今井
当初はたばこはいけないということは保護者には伝わったんですけれども、夫婦間で葛藤がある家もあって、そういう温度差が家の中であったり。
松田
この冊子はまだ子どもさんは読まれないですか。高校生ぐらいだったら十分読める内容だと思います。
今井
どこまで配れるかもよくわからない。配らないでほしいというおうちもあって、今は大丈夫なのかもしれないんですけれど、なかなかどう考えているかがわからない方には話がしづらいというのが少しあるのかもしれません。
藤木
メンタルケアという体勢が整っているのは東京都に限らないのでしょうか。
永倉
いえ、メンタルケアという体勢がとられているのはさしがやのアンケートだけです。他の同じようなケースで僕も提案したりはするけれども、なかなかそこまで踏み切れないというか、需要を行政のほうもあまり感じていないということがあるみたいで。
ただ例えば僕がアスベストのことで心配されて相談を受けると延々と話される方もいるんですよ。やっぱり専門家じゃないとなかなか適切に対応しきれないような方も結構おられるし、そういう体勢というのは本来は必要だと思うんですけれども。だから、さしがやについてそういう体勢がとられたというのは恐らく画期的だと思います。
松田
尼崎の場合でもご兄弟で中皮腫で亡くなられている方もかなりいらっしゃいます。
永倉
まず被害者の方に関して言うと、非常に状況が乏しくて孤立されている方が多くて、今こそなくなったけれども以前は中皮腫という病気がよくわからなくて親戚にも言えないというような、何か伝染病みたいなイメージを持っておられる人もいて、誰にも相談ができないということですごく悩まれている方もいて、僕らに相談してやっと話ができるというような方もいました。そういう意味ではやっぱりメンタルケアというのは遅れて来るとは絶対思います。
今井
本当は自己の直後に相談の要望があったんですが、区は保健所に相談してくれと言ったんですけれども、保健所はどうしてもアスベストのことを知らないし、「何ですか、それ」というような対応で余計に傷つく。だから電話がかけられないというような状況が起きてしまったので、メンタルケアをするのであればきちんと理解をしてくださる方がしないと逆効果になってしまう。
松田
区側もやっぱりアスベストに関して中皮腫の知識がある方を選んでいるのですか。
永倉
いえ、今回メンタルケアをお願いした前田先生という方はとくにアスベストのことをよく重んじているわけではないんです。一般的なメンタルケアをやられている方なので、学校に特化した話だとちょっと適切かどうかわからないんですけれども、ただリスク相談のほうはアスベストの専門家の先生がいらっしゃるから、双方に相談されるとわかるということで。アスベストのことを十分にご存知でメンタルケアができる方というのは専門家としてはまだいないんじゃないかなと思います。我々が素人ながら多少そのようなことをやっているという程度です。本来はそういう人が必要だと思います。
今井
学校とかはわりと事件が起きると一時的にカウンセラーを配置するという体勢になっているので、事故が起こった直後が一番必要なので、そのときにいていただくことが大事だと思うんですけれども。継続して相談できるところを確保していただくことが大事かなと思います。時間が経ってまた心の重荷になってくるということがあるので。
松田
特にこの問題だとすぐではなくて将来の先の不安ですよね。
今井
30年後にとっても不安にな子たちがいっぱいいるかもしれないので。
永倉
自分が曝露したということで相談されてくる方も多いんですけれども、やはりお子さんが曝露したかもしれないということで、過剰に責任を感じてしまっておられる方というのが結構いるんですよ。そういう方とお話しすることはよくあるけれども、そうするとやはり適切に何を言ったらいいかということがよくわからなかったりする。例えばお話の聴き方にしても、相槌の打ち方ひとつにしても、やっぱり専門的な知識が必要なんだろうなと思いつつ、僕らも決して適当というわけではないんだけれども、対応していることがあって、やっぱりかなり不安になりますね。
今井
Nさんは名取先生とかの一言にすごく左右されてしまった感が端から見ているとあるので。
永倉
名取先生もそうなんだけれども、僕らは全般的なアスベストの問題とかを問題化して見ているところがあるので、やはり一人ひとりの相談をどういうふうに聴くかということよりも、「そういうものはこうあるべきだ」というようなことを言ってしまうことがあって、Nさんなんかは名取先生といろいろ連絡を取り合っていると必要以上に傷ついてしまったり、そういうことをどうも繰り返しているようで。だから本当に難しいですよね。
今井
だから、大丈夫とも言えないし、かと言って絶対安全とも言えないので、やっぱり専門家にそう言われると非常に不安を感じる方も多いんじゃないかなと。でもそれ以上も言えないんですよね。
永倉
そうなんですよね。
松田
確かにそういう面ではメンタルケアの人はある意味無責任に楽観論を言ってもいい立場ではありますね。
永倉
そうですね。
松田
役割分担というか。
永倉
だから僕なんかは素人だから間違っているかもしれないのであまり言えないんだけれども、相手の状況で楽観論を言っていい状態の人もいると思うんですよね。曝露の条件ももちろんあると思うんだけれども。ただ全部の人がそうではないし、言葉の端々とかそういうところから汲み取ってくるという訓練を受けていないわけですから、そこにちょっと不安があるんですけれども。
さしがやの保育園ではなくて、藤沢市のある保育園でアスベストを吸わせてしまったのではないかという事件があったんだけれども、そのお母さんの話を伺っていても延々と自分の責任だということで、どうしたらいいかという話に向かわないんですよね。子どもたちにえらいことをしてしまったということをずっとお話されていて、それを一緒に市役所に行ってそういう人の懸念を解決するためには科学的にシミュレーションをしてそこで出た答えである程度見通しをつけるというか、自分の子どもがどれくらい吸ってしまったかということを数字の上で確認を取るというのも手法ではないかという提案をして、そこでも同じようなことをやったんだけれども、それで少しその方も落ち着かれた。
そんな曝露量ではなかったということがシミュレーションでわかって安心されたんですけれども、そういう納得してもらうためのやり方というのはなかなか見つからない場合もあるし、そういう意味で言うと、そういうことが起こらないことが一番いいんですよ。予防することが。それが行政がわかっていなくて、とってしまってからというのがえらいことになるんだということを散々言うんだけれども。
松田
その場合、業者の問題というのはどういうふうに評価されているのでしょうか。
永倉
法律的には除去業者の責任なんですけれども、だから裁判のときも行政と業者と両方を訴えた裁判をしていると思うけれども、委員会の中では業者の話はほとんど出なかったです。最初に業者がそこで何をやってしまったかということのヒアリングはかなり綿密にやったんですけれども、それ以降は行政が当然指導すべきであったし、まず行政がアスベストの工事だという発注をしなかったこと自体に重い責任を位置づけた。それで、行政の責任を追及するというかたちになっていったと思うので。それがいいのかどうかはよくわからないのですが、公共事業に関してはとりあえずそういうふうにやっていったほうが、効果は大きいと思うんです。
今井
本当は一番曝露したのは工事をやった業者の方だと思います。
永倉
そうです。建築業者の方によく訊いてみると、外国人労働者がたくさんいたということもあると思うんですけれども、外国人がたぶん一番吸ってしまっていると思うんですけれども、そういうところまでは手が届かない。本来はそこまで見ていかなければいけなかっただろうとは思うんですが。
松田
1999年の段階と今の2009年の段階では、多少情勢は変わってきているわけですよね。業者も含めて。基本的には変わらないのでしょうか。
永倉
僕自身は悪くなっていると思います。
今井
自分たちがいなくなったとしても、子どもたちが困らないためにどうするかということで、それを保障するものをかたちとして残したいというのがありました。
永倉
潜伏期間の40年というのはそういう期間なんです。自分たちが生きているあいだには何もないかもしれないけれども、死んだ後どうなるんだろうというのが、40年という長さ。
今井
もし発症して、そのときに「何があったの」と訊かれても私たちは覚えていないかもしれない。寝たきりになっているかもしれないし、だから何かを残しておいてあげないと、自分がいないときに子どもたちが困ってしまう。
永倉
アスベストセンターもみんな40代、50代、下手をすると60代に近い人もいるからあと40年は持たないだろうと思うし。あと最近思うのは、アスベストセンターでもそうなんだけれども、後継者をどういうふうに作っていったらいいのかということです。行政もそうですよね。行政もいろいろな蓄積をちゃんと伝えていってくれているのかということも。最終的には誰にも何もわからないけれども文章だけ残っていているということもあり得るわけだし。
松田
歴史的な証拠として教材に使われるようなかたちで残していくというようなことは重要だと思います。
永倉
そうですね。
松田
大学では関連する授業があります。尼崎の被害者の方などのお話をうかがい、学部生も出ています。ずっと続けて関心を持ってくれるかどうかは個人差があるのは事実ですね。ただ耳に入っていると、例えば自分とか自分の子どもとか別の人かもしれないけれども、当事者になる可能性は今の時点でいろいろあると思うのです。
永倉
今日の会議もそうだけれども、いろいろ課題が多いのでなかなかやれないところがあるんだけれども、やっぱり記録をきちんと残していくということは大事ですよね。今アスベストセンターで日本のアスベストに関する歴史を構成していてかなり古い業界紙などの記事を集めて、今年の夏ぐらいまでにはできるんだけれども、それはかなり綿密にアスベストがどのように使われてきてどういう企業がどういう輸入をして、どういうふうに使われてきたかということをかなり事細かに展開している歴史書になると思うんですよ(*1)。
*1.『アスベスト禍はなぜ広がったのか - 日本の石綿産業の歴史と国の関与』
http://www.nippyo.co.jp/book/5043.html
藤木
それは出版されるのですか。
永倉
するつもりです。これからアスベストの裁判がたぶん増えていくと思うんですけど、その基礎的な原資料にしようということで作っていますので。調べていくと戦前満州のほうで起こったアスベストがどういうもので、日本に入ってきてどういうふうに使われてきたのかというようないろいろな歴史が出てくるので面白いと思います。今最終段階に入っているみたいだから、夏頃にはできるんじゃないかな。
松田
阪神地区には公害の歴史があります。西淀川も大気汚染のひどかったところで、公害裁判があったのですが、その補償金をもとに財団法人を作り、活動されています。外国からの研究者も来られるようですが、裁判資料などが置いてあります。一種の歴史資料のアーカイブを作っておくことはすごく重要だと思います。
永倉
先ほど言った石綿協会の機関紙とかも全部国会図書館とかいろいろなところから入手してコピーして、それはかなり重要な資料ということで全部アスベストセンターの鍵がかかるところに入っています。例えば法律を作らせるときの交渉文章とか、交渉のときに相手とどういう話を繰り返したとか、読み始めると結構面白いんですけれども、なかなかそういうのは保存できないものですから。下に書庫があるんですけれども、書庫もぎっちり満杯なんですね。今別なところに1ヶ所倉庫を借りて文章を移動はしていますけれども、まとめきれないですね。
松田
今日はどうもありがとうございました。また明日も続きを他の方から聞かせていただきます。
△上に戻る | 教育研究活動の一覧へ戻る