神戸大学大学院人文学研究科倫理創成プロジェクト

アスベスト問題に関連する研究成果や情報

アスベスト被害聞き取り調査—田尻五郎氏 [2007-06-12]

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クボタ以前の労災について

松田

少し話題を変えます。田尻さんは、これまでずっと労働組合関連のお仕事をされていたということですが、クボタの発表以前に、尼崎の方でそのような問題が出たということはなかったのでしょうか。

田尻

アスベストが使用禁止になったのは、つい最近なんですよね。じん肺に関しては、現在はもうありませんが、コンクリート製の枕木などを製造する、日本PSコンクリートという会社が尼崎にありました。そこで、「あんたのところは気をつけておかないと、セメントでじん肺が出てくるよ」という話をしたことがあります。アスベストについては、1980年代に、国鉄の労働組合が取上げたのではないですが、国鉄がアスベストの問題を取上げておりましたが…。ただ、そこでも中皮腫という病気を引き起こすという風に聞いたことはなかったと思います。

松田

尼崎地区の総評傘下の組合の中で、そのような話題が出たということはなかったということでしょうか。

田尻

クボタ以外にも、関西スレートという会社もありましたし、こちらは現在でもあるのですが、日本ヒュームという会社があります。これらの会社(の労働組合)は、総評傘下ではなかった。クボタが水道管を作っているということは認識していたが、アスベストが入っているとは認識していなかった。クボタは水道管を製造しており、その水道管は鋳管(ちゅうかん)、つまり鋳鉄製である、と。我々にはそれ以上の認識はなかった。

松田

組合全体として、安全と言いますか、いわゆる事故にはうるさいと聞きます。例えば極端な話ですが、労働者が工事現場で怪我をしても、工場側は労災を出したくないので、工場の敷地の外に出て行ってから救急車を呼ぶように指示される、といった話を耳にします。組合としては、どのような点に注意をするのでしょうか。

田尻

尼崎は、産業構造が生産工場が主になっておりますが、職業病的な災害は無い方なんでしょう。現にクボタの件があるじゃないか、と言われますが、少なくとも総評系の組合では、職業病が発生するような職場は少なかった。例えば、市バスの運転手が腰を痛めるというようなことがあっても、(その症状の表れ方には)個人差がありますから、非常に難しい。そういった意味で、職業病を起こすような職場環境は少なかった。

松田

一般的に、どのような病気を典型的職業病と考えるのでしょうか?

田尻

コンピューターを扱う人間が腱鞘炎になったりすると、それは職業病だと言えますね。今はどうかわかりませんが。それともう一つ、老人や身体障害者の施設で入浴介護を行う際に、腰痛を患ったり…。ただそれは職業病として認定がむずかしく、なんとも言えません。

とにかく、総評系の労働組合では職業病として闘争して、認定を受けなければならないといったことは無かったんです。じん肺なんかは炭鉱が舞台になることが多いですよね。我々はそのような認識の元で、セメントも危ないのではないかと考え、日本PSコンクリートなどは気をつけていた方がいいという認識は持っていた。ただじん肺は、いざ診断が出たら、原因がすぐに特定出来ますからね。

松田

今は、国家賠償訴訟も、じん肺系の弁護士の方が担当しておられるようです。泉南地域の国家賠償訴訟でも、トンネルじん肺など、じん肺系の公害問題をずっとやっておられた弁護士のグループが担当しているようです。

田尻

建設・土木従事者の中には必ずいるでしょうが、あまり多くはなっていないと思います。炭鉱だとか鉱山だとか、また日常的にセメントを扱っている会社などはじん肺はでやすいと思う。

松田

先ほど国鉄労働組合のお話が出ましたが、国労のアスベストに対する取り組みは(総評と)何か関係があるのですか?

田尻

いえ、関係ありません。国労としての斗いは知りませんから。今は入っていないでしょうが、列車のトイレや壁といったものには、アスベストが入っていた。他には蒸気機関車の耐熱部とかブレーキのライニングなどにも使われていますね。それらを数年に一度、交換しなければいけないという決まりがある。交換や解体の際に、飛散したアスベストを吸うことがある。ですから、国鉄は石綿を使用するということがあるはずです。中皮腫は発生して当然でしょう。

なんにせよ、国労として認定闘争を起こすといったことは知りません。

労災申請の中での苦労

松田

労災の申請の件なのですが、いつ頃、申請を出されて、現在どのような状況にあるのでしょうか?少しお話して頂けますか。

田尻夫人

申請自体は2006年の9月頃です。西宮の労働基準監督署に申請を出しました。当時の担当者は非常に熱心に対応して下さったのですが、「中央(*6)で審査が止まってなかなか進まない」とおっしゃってまして。「私に任せて下さい」と言われましたので、私も疲れていたこともあり、お任せしたんです。

今年の4月に電話を入れたところ、担当者が変わっておられて、その方に聞くと「(書類は)中央へ行ったきりわかりません」と言われました。

田尻

野沢石綿は白石綿を使用しておりましたので、「(分析の結果)白石綿が出てきたかどうか」を問う電話が、私の方に直接かかってきたことがあります。そこで、京都大学の担当医に聞いたところ、「こちらに問い合わせをすれば、隠し立てせずに答えるのに、なぜ患者に直接聞くのか」と、機嫌を悪くしておりました(笑)。

それで、私の経歴上、白石綿が出てきたら、原因は野沢石綿しかないわけです。反対に、青石綿が出ればクボタの環境曝露であるということがはっきりする。

田尻夫人

事の真相は、中央でなかなか決まらないから、(少しでも話を進ませるための)データを揃えるために、担当の方が私に直接聞かれたということらしいのですが。京大病院は中央とのやり取りなもので、気を悪くされたのかもしれませんね。担当の方の言う、「中央」というのは東京の方らしいのですが、どこを指すのかははっきりわかりません。

松田

現在、(申請書は)中央で停滞している状態ですか?

田尻夫人

京大病院の先生は、「でも、断わるということはせずに、結果を待ち続けて下さい」とおっしゃってましたが…。

田尻

こっちもこのような状態で待たされ続けてはかなわないので、早く結論を出して欲しいですね。

田尻夫人

労災申請をしたら病院の方が労災扱いとなり、病院が、最初は県立塚口病院で京大病院に移り、そして県立尼崎病院に変わって、そして薬局は薬局で病院ごとに変わるので、手続きが煩雑になってしまって大変です。せめて病院がひとつだったら、手続きが楽なのですが。

支払いや手続きも、病院や薬局によってさまざまなんです。ここからここまでは自費で支払うという、その範囲が異なりますし、とにかく手続きが大変です。

田尻

私は労働運動をしていたからよくわかるのですが、労災というのは、本来ならば組織が申請するわけです。中小企業や個人企業であれば、個人でやらざるを得ないところもあったけれど、それでも認定されるまでは個人でいろいろな費用を負担するということは無かった。

ところが、現在では労災申請をしますと、「あなたは労災扱いになっているから、病院の経費は請求しません」となる。ということは、もし労災認定されなかった場合、患者側が負担する費用は莫大な額になる。いつからこういうことになったのか。

松田

今伺ったお話ですと、病院代と薬の費用、その時点で払わねばならないものと、そうでないものの二種類ある、ということでしょうか?

田尻夫人

いえ、そうではありません。労災になるまでは自費で支払っておりました。そして、労災扱いになってから、病院でとまっておりますでしょう。ですから、今度もし労災に認定された場合がややこしいんですよ。自費で支払った塚口病院での費用などは、支払った分を返還してくれるんです。ただ、そのためにはもう一度手続きをしなければならない。その書類がまたややこしいんです。また一から申請することを考えると、気が遠くなります。

田尻

多分、過去に亡くなられた方も含め、被害者の皆さん、中皮腫に気づいた時には手遅れで、それでも一定の補償があるということで、いざ申請しようと思い立っても、大変な数の書類が必要なんです。それで諦める方も多いのではないでしょうか。

田尻夫人

野沢石綿も、何があったのかと思うような変わり方でした。最初の方は熱心に応対して下さって、定期的に電話も頂いていたのに、ある時を境に、「会社自体が無くなっていますので、そのように書いて下さい」と言うようになって。それから連絡が途絶えたきりです。

なぜそうなったのかは私たちにはわかりませんが。

田尻

飯田さんなんかは、(野沢石綿があった)東灘の方の出身だそうですね。その関係で、住民の方から、問題が起こったら協力して下さい、と言われているようです。私は、必ず被害は出ていると考えています。防塵対策など、対策をなにもしていなかったわけですから。ただ、亡くなられた方もおられるでしょうし、住民の顔ぶれも変わっているから立証は難しいと思いますが。

クボタなんかは、すんなりと認めていますが、あれが一番賢いやり方かもしれませんね。結局、対クボタ闘争といったものも起こっておりませんし。

松田

野沢石綿は、どの程度の規模の会社でしょうか。これまで伺ったお話からですと、かなり大きな会社だったように思えます。

田尻

個人的には、当時、相当大きな会社だったと思っておりますが、詳しくは知りません。ただ、いくつかセメントの山も所有しておりましたから。

田尻夫人

現在も、ノザワが「日本の環境に寄与しております」という風にテレビCMも流していますね。

田尻

社会的には、一生懸命関係ないという顔をしているようです。関係はあるものの、昔の会社(野沢石綿)は閉鎖しておりますし、既に業態が違いますからね。野沢石綿の頃は生産会社だったのに、今のノザワは環境整備に移っているでしょう。

松田

先ほど環境省のことをおっしゃってましたが、それは労災とは別のものですか?

田尻夫人

はい、環境再生保全機構で石綿の健康被害が認められたら、医療費と月額10万円とを支給されるんです。それは、病理検査で悪性中皮腫が判明した時、つまり2006年5月に申請して、今年2007年1月1日に認定されました。その時に手帳を送ってきました。

田尻

いずれにせよ、たとえ労災が認定されなかったとしても、医療費は出ることになりました。国のアスベスト新法の認定患者になったのだから、労災もはっきりしてくれ、という気持ちはあります。京大病院の主治医は、「労災が結論出すまでゆっくり待てばいい」と言いますが(笑)。

松田

アスベスト新法の方では認定はされており、労災は現在申請中ということですね。

田尻

それに加えて、クボタとも関係がありますから。

田尻夫人

不幸中の幸いといいますか、うちはすべて、つまりクボタ・アスベスト新法・労災に引っかかっているんです。三つ手続きするのは大変ですが。

田尻

手続きは本当に大変ですよ。診断書、病理検査の分析表、レントゲン写真などは20枚以上要りますから。私の場合は、申請数が多いから、国の認定に時間がかかっておりますが、それらのデータは揃っている。しかし、病院での診断のされ方によっては、それらのデータが出てこないことがある。そうなるとまた大変です。

私自身も、国に「少し時間がかかりすぎではないか」といって、電話したことがあるんです。「現在、2007年3月までに申請されたものを審査中である」と言われました。権威のある先生方を集めるなどして、かなり厳密な審査を行っていることは間違いないようです。新聞などで時々発表されていますが、千数百件中、三百件前後の審査が終了した、というようなレベルのようです。

このような感じで、一旦中皮腫にかかってしまうと大変です。まあ、それでも私はかなりラッキーな方です。

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