―基層・動態・持続可能な発展―

Basic structure,Dynamics, and Sustainable Development

 

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2008年調査報告(韓国・東海市)

◇概説(韓国・東海市の事例)

 地域社会の成り立ちや変動を的確に捉えるためには、当該地域の経済的側面を押さえておく必要がある。商店街は地域社会の核として存在しており、地域社会の発展・停滞・衰退の指標として捉えることができるだろう。そのため、今年度は、韓国・東海市の産業構造や商店街を中心に調査した。
 東海市は、江原道の東部、江陵市の南隣に位置しており、1980年に設置された新興都市である。2006年現在、面積は180.06?、行政洞は10から成っている。市制施行当時の世帯数は20,745、人口は101,799人、2006年の世帯数は36,760、人口数は97,935人となっている。
 東海市は港とともに発展してきた都市といえる。東海市の港の利用は、大きく3つの側面から考察できよう。第一は、鉱産物の積出港としての側面である。1941年に開港した墨湖港は、太白地域で生産される石炭とセメントの海運を専担し、東海岸最大の貿易港として名声を享受した(ただし、現在、この鉱産物の積出港としての役割は、東海港に取って代わられ、墨湖港は漁港としての機能を増大している)。港の利用の第二は、東海市の設置に最も大きく関連している北坪産業団地と北坪港(1986年に東海港に改称)の造成である。これは1967年の「太白山特定地域臨海工業地域の指定」に端を発する。この指定は、当時、経済発展が中央に集中していたことを是正するため、地方発展の起爆剤として計画されたものである。1974年には北坪港の建設に着手、1975年には北坪産業基地開発区域が500万坪の規模で指定された。北坪港は1979年に開港するが、北坪産業団地の方は、当初の計画より小規模化され(500万坪から258万7870.5uへ)、1996年になって分譲および賃貸業務が開始されることとなった(2008年現在、分譲率は99.4%)。第三の港の利用は、「環東海圏拠点都市会議」を通して計画進行中である。「環東海圏拠点都市会議」は、東海を取り囲むロシア、中国、韓国、日本の都市が毎年持ち回りで開催している会議であり、2008年現在14回を数える。東海市においては、1996年10月2日に第3回会議、2006年10月20日に第12回会議が催されている。最新の第14回会議は、境港市で開催され、参加都市は、韓国は東海市・束草市・浦項市、中国は琿春市・図們市、日本は米子市・境港市・敦賀市・松江市・安来市であった。会議の議題は、航路の開設や観光の開発などが中心となっている。
 東海市の産業別従業者数は、2006年現在、割合の高いものから順に、卸売・小売業(18.4%)、宿泊・飲食店業(16.4%)、製造業(10.0%)となっている。また、全国の割合と比べ5%以上差が開いている業種としては、宿泊・飲食店業が16.4%で5.6ポイント高くなっており、製造業が10.0%で12.3ポイント低くなっている。第一次産業としては、漁業が活発である(漁家546世帯、うち専業305、漁家人口1,519、戸当人口2.8人)。漁の漁獲高は、軟体動物(イカやタコ)が多い。毎年秋には「東海市イカ祭り」が開催され、イカのつかみ取りや歌謡コンサートなど、さまざまな催しがなされている。従業者別従業者数は、「1-4人」の割合が43.1%で、全国の割合と比べてみると10.4ポイント高い。
 こうした産業別・従業者別従業者数と、先の港と産業の関連を踏まえると、東海市の産業構造は、少数の港を中心にした大掛かりな産業群と、多数の小零細規模の卸売・小売業や宿泊・飲食店業群という二極構造になっているといえよう。そして、後者の多数の小零細規模の卸売・小売業や宿泊・飲食店業群は、商店街を形成したりすることになる。
 東海市内には8箇所の商店街が形成されている。各市場の特徴を概観すると、東海中央市場は、東海市で最も大きな商店街である。松亭市場は、商店街の中では2番目に店舗数が多いが、若干活気に欠けている状態である。釜谷市場は背後にマンションが建っており、近隣市場としての機能を果たしている。東湖農産物市場は、青果を取り扱う市場である。香爐市場は1998年の行政洞の合併で發翰洞に吸収合併された香爐洞に所在しており、最も衰退が激しい商店街である。墨湖市場は墨湖港のすぐ前に位置しており、漁業労働者の食事や観光客のお土産買いなどで利用されることが多い。三和市場は唯一山側にある商店街である。最後の北坪民俗市場は、常設ではなく、3と8の日に立つ定期市である。活気に満ちており、市の立つ日は、衣類・野菜・果物・魚など様々な商品を扱う露天商たちが、所狭しと店を構え営業を行っている。
 今年度は、このうち東海中央市場の9つの事業体において、予備調査を行った。以下、予備調査を通して見えてきた点を、いくつか整理しておきたい。まず、事業体の現状についてである。店舗の所有形態については、所有が55.6%と高くなっていたが、これは調査対象が東海中央市場で古くから営業している事業体であったためであろう。聞き取りでは、「所有30%、借用70%」であったことから、東海中央市場全体についてみれば、所有率は下がると思われる。この店舗の所有率の低さは、日本の商店街と対照的な点であり、後継者問題の生起や地域社会との関わりを考えるとき、重要な要因になると思われる。
 次に、後継者問題である。予備調査の結果では、「後継者がいる」と答えた事業体は1つだけで、残りの8つは後継者が決まっていなかった。その理由として、「自分や本人が若い」を挙げているものもあるが、「子供への職業期待」で、「専門職」「公務員」「自分で創業」だけしか挙がっていなかったことを考え合わせると、子供を後継者にしようとする意志は弱いと思われる。
家族については、世帯構成としては核家族が多かった。しかしながら、「あととり」の有無について見ると、「あととりが決まっている」が多く、その「あととり」はすべて「長男」であった。このことは、現実の世帯構成と家族理念を分けて見た場合、家族理念においては家を継承させていくという意識が残っていることを伺わせる。また、「家継承の中身」について見ると、「祭祀・墓」「姓名」「世帯主の地位」が多く、「事業」は1つしか挙げられていなかった。事業の後継者は決まっていなくても、家族の「あととり」は決まっていること、「家継承の中身」で「事業」が1つしか挙げられていないことからは、家業(代々継承していく家族の事業)という意識が薄いことを伺わせる。ただし、事業を家族の範囲に限定せず、親族の範囲にまで拡大して考えてみたとき、もう少し異なる様相が存在するかもしれないとも思われた。
 最後に、地域との関わりであるが、予備調査の結果では、職場と住居は別なのが一般的なようである。また、「子供への従業地期待」では、「東海中央市場や東海市」よりも、「大都市」の方が多くなっている。地域との関わりの中で注目されたのは、「地域の発展と事業の関連」において東海中央市場が所在する發翰洞への期待が大きいことである。聞き取りでは、東海中央市場は、東海市と共同で、この3月に催しを企画中である。この企画は、大型店の進出による売上減少と将来への危機意識に端を発したもので、東海中央市場が地域へ向けて行う初めて試みとのことであった。
 予備調査を通して見えてきた諸点(店舗の借用率の高さや家業意識の稀薄さ、職住の分離や大都市志向)は、先行研究においてもすでに指摘されてきたことではあるものの、改めて事業や商店街は経済活動の手段・対象という割り切った意識の強さを感じる。ただ、@家族のところで触れたように、事業を家族の範囲に限定するのではなく、親族の範囲にまで広げてみること、A地域社会との関連のところで触れたように、催しを通して地域社会との関わりに取り組み始めようとしていること、などに注目すると、経済的な割り切り意識とは異なる様相が存在する可能性もある。
 来年度は、こうした日韓の差異に注意を払いつつ、韓国の商店街・事業体・家族・地域社会を成り立たせている秩序形成・維持の論理についても考えていきたい。


東海中央市場の風景

多田 哲久(韓国・漢陽大学)