「ビジネス・フレンドリー」なエリート支配
北イロコス州におけるショッピング・モールの進出と地方的世界の変容
2009年12月3日、ラワッグ市の中心部からわずか二キロ南のサン・ニコラス町で、華人系財閥のゴコンウェイ家のショッピング・モール「ロビンソンズ・イロコス・ノルテ」が営業を開始した。マニラの巨大モールと比べると小規模ではあるが、北部ルソン地域では最初かつ最大のショッピング・モールである。
ロビンソンズの北イロコス進出にあたっては、地域の人口規模からいって難しいのではないかと危惧する声もあった。しかし、これまでのところ、ロビンソンズ・イロコス・ノルテは、開店当初の活況こそ落ち着いてきてはいるが、まずまずの成功を収めているようである。これは、マニラ首都圏に比べて限られた購買人口という不利な条件を、主に海外からの送金に支えられた富裕・中間層の購買力が相殺しているからであろう。
まず、ロビンソンズの地方経済に対する影響に着目すると、新たなビジネス・チャンスとしてモールに積極的に進出した地元経営者は多くはない。他方、モールによって悪影響をうけた地元小売店もあるが、それは壊滅的なものではない。ロビンソンズと公設市場のような地元ビジネスは、消費者の階層分化を伴いながら共存していくものと思われる。
次に、地方政治に対する影響に着目すると、富裕・中間層を主なターゲットとするショッピング・モールやコンドミニアム建設といった投資の活性化は、建設作業員、店員、ガードマンといった大量の雇用機会を地域住民に創出し、また税収の増加をもたらすことで、地方エリートの権力基盤を強化している。
実は、ロビンソンズが建設された20ヘクタールの広大な土地は、「バルデス・センター」と名付けられたバルデス家の一大プロジェクトである。この土地は、ヒラリオ・バルデスのベンビ社が開発を行ったもので、そこには国内外の投資家が積極的に招へいされている。そして、投資を促進するために、彼の兄弟であるサン・ニコラス町長のアルフレッド・バルデスが、投資家に対して賄賂を要求せず、ビジネスの許認可手続きを迅速に行う「ビジネス・フレンドリー」な統治を掲げている。バルデス・センターでは、今後はコンドミニアム、マカオの投資家によるホテルとカジノが建設予定である。
サン・ニコラス町における「バルデス・センター」の開発は、寡頭エリート支配という基本的なフィリピン地方政治の特徴は変わらぬものの、その権力基盤に変化が生じつつあることを示している。すなわち従来の地方政治を特徴づけてきた大土地所有や国家資源に依存するエリート支配ではなく、私的資本を活用する「ビジネス・フレンドリー」なエリート支配の台頭である。

ロビンソンズ・イロコス・ノルテ

「バルデス・センター」の標識
日下 渉 (京都大学人文科学研究所助教)
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