―基層・動態・持続可能な発展―

Basic structure,Dynamics, and Sustainable Development

 

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2008年調査報告(フィリピン)

 地方的世界の変容を解明するためには、外部資本・商品の流入と同時に、地場産業の変容に着目することが必要であろう。ラワッグ市近郊では、製造業がサラット市におけるNFC社のトマト・ケチャップ工場程度であることからしても、野菜産業は地域経済において相対的に大きな役割を果たしていると考えられる。そこで本年の調査では、野菜産業に着目してラワッグ市近郊の地方経済の変容を明らかにすることを目的とした。
 今回の調査では、ラワッグ市周辺の野菜産業が盛んなBatac, Sarrat, Baccara, Piddigという4つの町を選び、野菜農家37名と運送業者2名を対象にインタビューを行うことができた。そこから得られた主な知見をいくつか整理したい。

第1に、近年の原油価格の高騰に伴って化学肥料の値段が2倍以上に値上がりしたことを受けて、鶏糞を原料とした有機肥料との混用が進んでいた。また、自ら堆肥を作るようになった農家もいた。「有機肥料は、化科肥料よりずっと安いし土を悪くしない」というのである。
 もっとも、有機肥料を使用する程度は村によって異なる。有機肥料の使用は主に行政の指導によって進められている。それゆえ、行政が頻繁に技術講習会などを行うなど、行政との連携が濃密な地域において有機肥料の使用は広くみられた。その半面で、行政との関わりが薄い地域では、「まだここでは誰も試していないから効果が分からない」、「堆肥の作り方が分からない」といった理由によって、値上がりした化学肥料を使い続けている農家が多数であった。

 第2に、70、80年代までラワッグ市近郊では、ニンニクが主要作物であった。ニンニクは、農家に高運収入をもたらしたことから「ホワイト・ゴールド」と呼ばれていた。当時は、おおむね1キロ100ペソ程度で売ることができたという。
 しかし、ラモス政権による農業の自由化に伴い、安価な外国製ニンニクが輸入されるようになると地物の値下がりが始まり、現在では30〜40ペソ程度にしかならない。その結果、ニンニクから他の作物への転換が進んだ。
 その代表がトマトである。ラワッグ市近郊では、主に3種類のトマトが栽培されている。ラワッグ市場を中心とする地方市場で販売される「市場用トマト」、前述のトマト・ケッチャップ工場で加工される「NFCトマト」、そして皮が厚く痛みにくく青いうちに収穫してマニラなどへと出荷する「遠方用トマト」である。

 第3に、3種類のトマトには異なる流通経路が存在している。ラワッグ市場に出荷される「市場用トマト」は比較的中小規模の作付けが多い。市場への卸売り業者も生産者の家族や近所の者であったり、生産者自らが市場へ運びそこで市場商人に売ったりするケースが多かった。生産者は、このトマトを1キロあたり10〜15ペソ程度で販売している。
 「NFCトマト」の場合、NFC社が種やトマト栽培に必要な経費を前貸し、買い取り時に差し引くという契約になっている。NFCの買い取り価格は、1キロ2〜5ペソ程度だという。またNFCが買い取り量を少なくすると、余ったトマトを農家がラワッグ市場などへと出荷するので、地域でのトマト価格が下落するという。
 「遠方用トマト」は、輸送用の大型トラックを所有する輸送・卸売り業者との契約に基づいて、比較的に大規模な作付けを行っている農家が多い。1つの村では、1人の輸送・卸売り業者が、種や必要経費を農家に提供し、多数の農家から遠方用トマトを買い取っているケースがみられた。遠方用トマトは、1キロ5ペソ〜10ペソ程度での買い取りが相場である。

 このように、ラワッグ市近郊の野菜産業は、農作物輸出入の自由化と、肥料価格の急激な高騰といった深刻なグローバリゼーションの影響を被っていた。他方で、野菜農家は、他の作物への転作や有機肥料の使用などによって、こうした危機に対処してきた。
 地方的世界の持続可能な発展のためには、地場産業がグローバル経済の影響と対峙し、共存していくことが不可欠であろう。今後は、ラワッグ市近郊の地方的世界の持続的発展を可能にする条件と、その障害を明らかにしていきたい。


自ら作った堆肥を指差す野菜農家

堆肥小屋

トマトとインゲン

栽培中のトマト

 

日下 渉 (京都大学グローバルCOE研究員)