ラワッグ市は北イロコス州の州都で、2000年の調査によると人口は10,751人である。近隣に製造業はほとんどなく、商業を中心とする経済構造になっている。
今回、このラワッグ市における地方的世界の変容を、これまで流通の中心的役割を担ってきた公営マーケットに着目して調査した。ラワッグ市のマーケットは、少なくとも1960年代には地方政府によって運営されるようになっていた。1995年に新設された現在の建物には、900近くの事業主が店舗をかまえ、店舗の賃貸料と商品の入荷料によって、地方政府には月に200万ペソ(1ペソ≒2.5円で、約500万円)の収入があるという。また、公営マーケットの内外には、正規の店舗を持たない街頭商人たちも販売を行っており、インフォーマル・セクターの雇用を供給する役割も果たしている。
公営マーケットが果たしている役割は依然として大きいものの、私的資本の流入によって地方政府が運営する公営マーケットが商業の中心を担う時代は過去のものになりつつあるようである。
衣料品や日用品といったDry Goodsを扱う商人たちは、近年売り上げが落ちてきていることを口々に嘆く。D’ Partners や COEN(NOVO)といった、おそらくは華僑資本によって安価な中国産の商品ばかりを扱う中規模の商店が近隣に建設され、消費者を集めている。マーケットの商人も中国産の商品を扱っているが、これらの商店はより大量に仕入を行うため、価格で競合するのは困難だというのである。また、洒落たブランド物を扱うMART1というデパートも建設され、若者や富裕・中間層を惹きつけている。安価な中国産を扱う商店や、高価なブランドを扱うデパートと競合する状況において、彼らの最大の戦略は「お得意さん」を確保し続けることだという。事業主自らが店番に入り、「セールス・トーク」によってお得意さんを確保し、彼らには割引したり、商品に問題があった場合には無料交換をするなど、デパートなどにはできないサービスをしているという。
他方で、野菜、肉、魚といった Wet Goodsの流通、サリサリ・ストアと呼ばれる小売店への卸売業の中心地は、公営マーケットのままである。とはいえ、近年のグローバリゼーションの影響が皆無な訳ではない。このマーケットでは、地物の野菜とバギオ産の高級野菜が共存してきたが、この数年で台湾製の安価なニンニクと玉ねぎが、地物を駆逐しつつある。こうした変容は、生産者だけでなく、マーケットに野菜を運ぶ卸売業者にも影響を与えている。
さらに昨年は、隣町のサン・ニコラス市で、おそらく北イロコス州で最初の大規模なショッピング・モールである365 Mallが開業した。現在開業しているのは、ファースト・フード、高級エステ、ヘアサロン、家電、中華レストラン、インターネット・カフェなどだけであるが、広大な土地で拡張工事が進められていた。今後、どのような人々と資本がこのショッピング・モールの空き店舗を埋めていくのか、また地域経済と人々の生活にどのような影響を与えていくのかが注目される。
マーケットのコメ商人
日下 渉 (九州大学)
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