ローイエット調査報告(2008年)―N区調査から―
(1) 調査のねらい
地方的世界の基層と動態(変化)の把握を村落レベルで行うために、事例としてのN区を調査した。具体的な調査目的としては、以下の点が掲げられる。
A 8月に区長の改選があったので、以前の状況が大規模な社会変動の中でどのように変化したのかを把握すること(その過程で、チャムも新しい人に替わったことが判明した)。
B 12年前の全村調査から、この間に子どもの位置づけがどのように変化したのかを、把握すること。
C 昨年、米価が急に上昇したので(前年度の米価)、粳米・糯米の作付け比率が少し変化していたが、今年の状況の把握をすること。
これらについて、区内のソーイ4とその南のソーイについて、ほぼ全戸の聞き取り調査を実施した。
(2) 調査の結果
(縫製風景)
Aについて:これまでN区の歴代の区長(4人)はすべてソーイ4の家筋から選ばれてきた。しかし、経営能力のある人が最近の社会状況では好まれるのではないか、という予想をしていた。現に12年前の調査時にはアヒルの羽(ダウン)で、最近では縫製(ズボン)でバンコクの会社と取引をする人も出てきており、商業的な経営能力を持つ人が出現しだしている。そこで、これらの人が区長選でどのような行動を取るのかを検証したかった。
結果は予想外に、まったくそれらの人々は関与していなかった。しかも、初めて女性の区長が選出されていた。
投票結果
1位=B.C.(141票)
2位=T.A.(104票)
3位=S.W.(101票)
彼女(42歳、M6卒)は、若い頃はバンコクやチャンタブリで働いた経験をもつが、結婚後(現在は離婚して母と居住、一人息子はプラチンブリで夫方の祖母と居住)区に戻り、農業をしている。とくに商業的経営能力を発揮しているわけではない。しかし、今回の区長選では多くの人から推薦を受けたという。
むらの社・チャオプーの司祭役のチャムも前チャム(初めての女性のチャム)が4月に亡くなったため、新たに選出された(B.・女性)が、新区長のいとこで二人にとっては先々代のチャムが祖父になる(これまでチャムはすべて一血統の子孫のなかから選出されている)。
区の政治や信仰に関わる担当者は、今回もソーイ4の家筋のなかから選出されたことになる(これら両者の選出過程については、聞き取りができていない)。
なお、次点のT.A.も「家柄」的には遜色がない。ソーイ4の家筋だし、彼の妻は末娘で、その母は2代目区長の末の妹にあたり、彼女の夫は3代目区長の副区長をしていた。また、彼の実父は4代目区長の副区長であった。ただ、6月にバンコクから妻と帰村したばかりであった。3位のS.W.は、現副区長である。彼は上位2人と比べると、家の位置やむらにおける系譜上の優位さが少し劣るようである。
これまでに判明した、N区で区長になりうる条件
(1) 古い家筋の成員(@)
(2) @+末娘の夫
(3) @+末娘
(新区長<中央>)
Bについて:区の一部のソーイに面する家族の聞き取りでしかないが、12年前と比べても、学歴の上昇が見られる。とくに女子にその傾向が多く見られるような印象を得た。12年前では、大学レベルの教育を受ける人が出始めていたが、まだ少数であった。しかし、それでもたとえば、新区長のいとこにあたる祖父の末娘(叔母)の家では、5人の子のうち高卒の一人以外はすべて高等教育を受けていた(夫は区の小学校教員)。その子達はすべてバンコクに出てしまい、夫が死亡した後、叔母はバンコクに移住していった。屋敷地と田は自分の姉と兄たちの家族に売却している。
これはこの間の目立ったケースであったが、今回聞き取りをしてみると、女子に大学・短大以上の学歴を有する人が増加している。なかには修士号を取り、博士号を取るためオーストラリアに留学を予定しているという人(女性)まで出始めている。慣習的に跡取りとなる女性のほうに高学歴が多いと、ローイエットの近辺では、学歴に見合った職を得にくいため、遠い区外に居住することになり、結婚相手も遠くの地方の人というケースも増えている。これまでの婚姻や居住、相続、扶養のあり方が大きく変動しつつあるようだ(遠くの子の孫預かりも多い)。
Cについて:今年の稲作は、降雨が少なくて、9月初めでも生育状態は悪く、立ち枯れ寸前の田が多く見られ、以後降雨があっても旱害にあうことは確実と思われた。しかも、米価は一昨年の高値以降は低迷している。さらに、田植えや稲の生育に経費がかかる構造に変化しており、今年の生育状況からは、投下資金の回収が困難になると思われる。
そのためか、主婦たちがグループをつくって、田植えの相互協力をし始めている。経費が安くつく形での助け合いの一環のようだ。かつてのゆいとは異なっている。また、以前は見られなかった、直播も行われるようになった(売却用の粳米の比率が自家用の糯米よりもかなり高いので、農業経営費の上昇などにより、このような農法に変化したのか。聞き取りができていない)。まだ田植えが主流だが、水の少ないときは、両者の収穫差はあまりないらしい(水の多いときは、田植えの方が多く収穫できる)。
竹内 隆夫(立命館大学国際関係学部・教授)
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