本年度の調査は、雲南省保山市と騰衝県において、2009年12月と2010年2月の2回にわたって行った。
今回の調査ではとくに回族(ムスリム)に注目した。交易経済、宗教、文化等の点で、回族の存在と役割は雲南地域において特徴的であり、彼らの歴史と生活のなかに「地方的世界」を見ることを試みた。
30ちかい民族がいるといわれる雲南省で、地形的、文化的、歴史的にみて、それら民族が混在融合しているわけではなく、それぞれに勢力圏をもちながら棲み分け(多種共存)がなされている。これまでの調査において、馬幇(荷馬を利用したキャラバン)交易における民族間関係(棲み分け、共存共栄)を見てきたことなどをふまえ現地調査を実施した。
調査地である保山市は雲南省西部、昆明から西南に570kmに位置する地級市で、隆陽区、施甸県、騰衝県、龍陵県、昌寧県の1市区、4県を管轄する。市政府は隆陽区にある。
戸籍人口248.22万人(男126.91万、女121.3万)、常住人口246.4万人。戸数64.1万世帯。漢族のほか、イ族(8万)、タイ族(4.3万)、ペー族(4.3万)、リス族(3万)、回族(1.3万)といった少数民族があわせて約25万人住んでいる。
雲南省における伝統的な輸送手段は、荷馬を利用したキャラバン「馬幇」、もしくは人が荷をかつぐ「背夫」である。多くの民族が馬幇に携わっている。漢族が昆明―大理という省内の主要路線で大組織を構成していたのに対し、ムスリムはミャンマー、ベトナム、タイ、ラオス、インドといった周辺諸国との交易において重要な役割を果たしていた。
ムスリム商人は「赤と黒と緑のところに住む」と言われる。赤はルビー、黒はアヘン、緑は翡翠のことである。いずれもミャンマーが主な産出地である。そのなかでも緑、つまり翡翠の取引が中国では盛んである。中国人にとって翡翠はたんなる装飾宝石をこえた意味をもっており、その加工技術もたいへん高い。現在では、瑞麗との国境にあるミャンマーの街、木姐(ムセ)に自由経済区が設けられており、多くの中国人が宝石貿易をおこなっている。
保山市街近郊の回族が多く住む村で聞き取り調査を行うことができた。村には立派なモスクがあり、毎日の礼拝が行われている。そこで子どもたちにコーラン、アラビア語を教えることもしている。子どもたちは非常に勉強熱心で、海外のイスラム系大学への留学も盛んであるという。村内の互助という点では、経済的に困窮している場合、寄付を集めて援助するということが日常的に行われる。
回族は非常に柔軟な精神をもっている。イスラム教の倫理と生活を維持しながら、中国社会のなかで多くの漢族と経済活動を行っている。伝統文化を頑なに固守するだけでなく、その土地の社会に巧みに適応するのである。その点で彼らは非常に「合理的」であり、そこには複数の圏域にまたがって交易をしてきた歴史と文化が反映されているように思われる。
今後は村内の教育、福祉などに注目しながら、村外の回族ネットワークとのつながりをふくめて調査をすすめていく予定である。

アラビア語を学ぶ回族の子どもたち
田村 周一(神戸大学 学術推進研究員)
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