大理は雲南省西部に位置する市で、中心に「ジ海」(註1)という湖をとりかこむようにひろがっている。人口は約50万(2000年)。漢代から開け、唐代の南詔国、宋代には大理国の首都となる。モンゴルによって大理国が滅ぼされたのち、元代は太和県、明・清代は大理府の府治が置かれた。現在の中心街はジ海南側の下関地区である。
蒼山をはじめ周囲の山は大理石を多く埋蔵し、各所に採石場がある。そのほか弓魚(コイ科)を主とするジ海の漁業も盛ん。南詔の太和城跡、南詔徳化碑、崇聖寺三塔、弘聖寺塔、感通寺、蝴蝶泉など名勝旧跡も多く、ジ海西岸にある旧市街地区の大理古城は観光地として有名である。
本年度調査では、中心街である下関および大理古城、そしてジ海周辺の農村の関係に注目しながら視察を行った。
双廊はジ海北東に位置する少数民族ペー族の村で、全体として70戸ほどの規模である。近年は景色のよい湖岸沿いで別荘開発が進められている。都会暮らしに疲れた高所得者などに人気があるとのことである。ただし村民の生活環境は、大理市中心部(?海西岸)とくらべて、いいとは言えない。ジ海東岸は幹線道路も未整備で、唯一の舗装道路も修繕されないまま荒れ放題である。おもに農業を営んでいるが、それだけでは生計がなりたたず、若者たちは下関などに出て日雇い労働に従事している。ケ川はジ海北西に位置し、そこでは週一回、市場がたつ。サッカーグランド1面ほどの広さに100をこえる店が並ぶ。食料(豚肉、白菜や大根、味噌、砂糖、香辛料、柑橘類)から、日用雑貨、衣料品、家具、農具など多岐にわたる。
ジ海から北へ20キロのところにジ源という温泉街があって、現在、広大な敷地に温泉リゾート「地熱国」を建設中である。一部はすでに営業開始しており、完成後にはアジア一の大きさを誇るとの話である。これをきっかけに観光地としてのさらなる発展を図りたいようである。
大理古城は蒼山を背に?海西岸に位置する旧市街である。下関から北に10キロほどの距離にある。四方を一辺2キロ強の城壁が囲む。城壁内の中心はかなり観光地化しており、とくに洋人街(外国人向けレストラン、カフェバー、みやげもの屋など)は多くの人で賑わう。
本研究の枠組である「地方的世界(地方都市−農村の関係のなかで捉える地方社会)」との関連を述べると、この地域は大理という地方都市を中心した「地方的世界」として見ることができるのではないかと考えている。たとえばペー族の若者に省都昆明市など大都市への志向はさほど感じられず、現地少数民族にとって、大理は地方的アイデンティティを維持する都市としてあるのではないかと思われる。ただし観光地として発展するにつれ、経済構造の変容、またペー族をはじめとする少数民族の生活様式も変容していくと考えられる。大理中心部と周辺の農村の関係およびその変容を明らかにすることを今後の調査の課題としたい。
註1)ジ海(ジ=さんずいに耳)。南北42.6km、東西最大約8.0km。表面積は約249平方km。

ケ側の市場の様子。売り子の女性が着ているのはペー族の民族衣装。
田村 周一(神戸大学 学術研究員)
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