神戸大学大学院人文学研究科倫理創成プロジェクト

アスベスト問題に関連する研究成果や情報

アスベスト被害聞き取り調査—中村實寛(さねひろ)氏 [2006-09-25]

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松田

これまでのお話の流れを振り返りましょう。会の発足、西日本で三人で始められ、マスコミを通して拡がり、クボタのことがありました。今、クボタなどの企業責任の問題を追及しておられる。ここで賠償、国の問題も出ました。

会として省庁交渉もやられているということですが、大枠では、会としてあるいは中村さんご本人が責任問題をどう考えられ、何を国に問いかけ、要求しているのかというのを聞かせていただけますか。

中村

まず一番最初、省庁との交渉のときにぶつけたのは、労災の時効問題。これはまだクボタショックが始まる前の、前の年の11月でしたんで。労災の時効問題はかなり多いと。これはなんでやというたら、厚労省は労働局、監督署に対して、通達を出して周知させていると言うてるけど、この中皮腫とかアスベスト疾病に関してはそういうのがわかってない被害者が多かったと、そのために5年間の時効が過ぎて一円にもならないと。遺族年金も飛んでしまった人が多いということがわかったんですね。

松田

すみませんが、基本的なことなんですけども、5年の時効という場合の5年っていうのはどこからどこまでを言うんでしょうか。

中村

亡くなってからです。亡くなられてから、5年以内に何らかの申請をしないと駄目になる。

最初の2年過ぎたら、療養費、休業補償、これも時効になります。亡くなってから2年以内に労働基準監督署に申請をしたら、全部いけるんですけども。休業補償や療養費は2年過ぎたらなくなります。それで、遺族年金は5年過ぎたらなくなります、いうのが現状の法律なんですよ。

ですから、5年過ぎて、はじめてそういう相談があったと。ましてやクボタショック以降一ヶ月で98件の時効の事例があったというのが浮かび上がってきたんですよね。ですから次の交渉も、時効の撤廃を一番最初に申し入れていますね。一番最初は厚生労働省だけでしたから、相手が。

松田

それが平成17年の。

中村

十一月、去年の秋ですね。

松田

厚生労働省はその件についてどんなふうに言うのでしょうか。

中村

やはり、その都度、労働局に通達を出したという答えでした。例えば、大阪の労働局に通達を出して、そこから各監督署に通達がいっとるはずやと。では監督署からどこまで周知させているか、それが各事業主まで周知されているかと聞いたら、そこまでは調査できていません、というのが彼らの言うことなんです。

松田

時効そのものについては変える気がないと。

中村

ええ。「通達を出しても、あなた方は机の上で、電話なり、ファックス、あるいはメールで流すだけでしょう。それがどこまで行き着いてるかっていうのを調査して初めて周知になるんと違いますか」と言うてるんやけど、そこまでは調査してませんと。

松田

そうすると、中身というのは、時効にならないように繰り返し繰り返し言ってるだけですか。

中村

一応、そういうアスベスト疾病五つの病気は労災として認定されるから、こんだけは受け付けなさいというふうな通達を出してると言ってるんですけども。それは法律上にも書いてあります。

労災の申請の手続きのアドバイスっていうのがなかったんで、救急病院で、総合病院のベッド数700ぐらいの大きな病院の呼吸器外科の先生でも、そういう患者に対して指導がないということは、「それがどこまで周知されてるんかな」という意見につながってくるわけです。

ましてや、労働局が通達を聞いて、それを監督署に渡して、それから全事業所に書類かなんかで配布してるかどうかもわかんないし、それを追及しても当局もわかりませんと言ってるから、そこらへんに不作為があるんちゃうかなと。

松田

時効が一ヶ月間で98件あったというのは。家族が亡くなられてっていう一番長いのは何年ぐらいになるのでしょう。

中村

僕はデータを集めてなかったんで、知らないんですけども、何人かは10年15年っていうのがあったみたいですね。それよりも一番可愛そうなのは、関西労働者安全センターに電話あって、「クボタのニュース見て、救済のどうこうのあるみたいですね」って聞いて、いつ亡くなられたんですか言うたら、電話受けてる五年前の前日。あと1日早かったら、その日のうちに監督署に電話なりしとったら、遺族年金がもらえた、という方があったと聞いてるんですね。一日違いで300万円なり、全部入れると2000万から2500万くらいのがあったらしいんですよね。

松田

時効にシャットアウトされた人たちっていうのは一切何もないのですか。

中村

いや、今度のいわゆるアスベスト新法で一応ひっかかってるんですけどね。でも新法でひっかかっても300万ですよね。

松田

ある意味では前の法律の方が額としては大きいですね。

中村

もし、遺族年金でしたら配偶者の方が亡くなるまで貰えるから大きいですね。

松田

新法ではなく、遺族年金というのはどういうものでしょう。

中村

遺族年金は最低っていうのは、多分決まってないとおもうんです。だから給料から計算されたものになると思います。例えば、今、僕は休養補償ってしてもらってる。それに6割とかで決まると思うんですよね。僕も詳しい計算方法は知らないですけども。

松田

その交渉自体っていうのは、窓口はあるのですか。

中村

窓口は内閣府。内閣官房ですね。

松田

安全センターなどが仲介しているのですか。

中村

中皮腫・じん肺アスベストセンターと患者と家族の会の二つが合同で、内閣官房に持って行ってる。まず質問を先に提出して、それによって、何日か後に向こうから、いついつ交渉しましょうと。ですからこっちが要望書出して、それに答えられる日にちの余裕を持ったあとに交渉に移れるわけですよ。

松田

これが一番最初の省庁交渉と言われるものですか。

中村

そうですね。

松田

その後も何回かされていますか。

中村

その後も、今年の4月でしたかね、4月の26日にやってますね。4月26日は全ての省庁が出てきましたね、総務省から国交省、農林水産省も出てきたんかな、環境省、厚労省。環境省、厚労省はもうつきもんなんですけども。とりあえず、すべてのそういう省庁に質問書、出してたんで、4月はやはり、国交省なんかは学校なんかの建物のアスベストの使用状況、それと、囲い込みなんかの実数をどこまで把握してるかとか。そういう要望を出してましてね。

松田

会としてはそれを調べろ、ということですね。神戸大学でも建物にアスベストが使われているということで、改修工事をするのですが、それで予算も出てるらしく、ついでにって言ったらなんですけども、耐震補強もするのです。それに国が、公共施設に関して学校とか。

中村

補助ですね。

松田

それに派生してというか、意味のあることですよね。対策を取っているでしょうから。

中村

そうですね。ですから学校関係は、全てアスベストの有無をどこまで調査してるんか、正確な数字を出してくれと。例えば、大学で何ヶ所、高校で何ヶ所いうのを分けて、出してくれ、言うて。今調査中ですいうのをそのときは回答だったんですけども。例えば、囲い込みとか除去とか言うのがどれぐらいの数字で進んでるのかいうのを求めたんですけども、まだそれも調査中いうことで返ってきたんですけども。

特に学校関係は不特定多数の人間が集まるとこですから。ましてや、若い人が集まるとこやから、早急に対策取るように要望したら、それはすぐにでも行動に移します言うてたんで。そういう、例えば、学校から要求していったら手続きはスムーズにやってくれると思いますね。

松田

それでは、個別の補償のことだけではなく、アスベストの全般についてやってるわけですね。

中村

全般ですね。ノンアスベスト社会を目指してるんが、われわれのグループでもあるし、今あるアスベストをむやみに持ち出さない、っていうのも僕らの提言であるし。今あるやつをむやみに壊してそこらに放棄しない。徹底的に処分きっちりしなさいよというのも僕らがやってますし。それを自治体にどこまで責任持たせるかとか。例えば、建屋の解体工事、改修工事ですよね。

さっきおっしゃった、学校にアスベストがあるとかいうのは、徹底的に業者が来てそこまでやると思うんですけども。一般の建物ですよね、それは国交省にも関係あるし、色んなとこで全部ひっくるめてあるんですよね。一般の建屋の解体とかの環境省とか厚労省とかすべての省庁が絡んでるんです。

そういうのをどこがするんや言うたら、今までの縦割り行政やったら、抜け道なんぼでもあるぞー言うて。一つにまとめるのをなんとか作れ言うてるんですよ。そういうアスベスト対策課みたいなやつを。省や庁までいわんでも、課みたいなん作って、そこが一本化して把握して、色んな自治体に統制取るようにしたらどうや言うて提案してるんですけども。そこまで僕らは政府に対して提案までしてやってるのに動かんのですよ。

松田

政府はなかなか難しいですよね。特に縦割り行政の壁は厚いでしょうね。

中村

そうなんです。ですから、いろんな規制の数字でも全然違うんですよね。こっちの省庁はこれでいい、でも、こっちの省庁は違うって言ってる数字も。

松田

8月に事務所にお伺いした時に省庁交渉があるとかないとか。それは今お話されてることの続きでしょうか。

中村

そうですね。全部が続きになるんですけどね。前回、答えてまともな答えが返ってこなかったら、次回にこと細かく砕いてからやっていこうとかいうのがあるんですよ。だから、ずっとそういう問題は継続してやっていくんです。まともな答えが出てくるまで。今度は9月の13日ですかね。

(要望書の資料を見せていただく)

中村

こないだは農林水産省と大気汚染防止課しか出てきてなかったんですよ。農林水産省は農業JA関係の建物全部、そういうのにアスベストが使われてないか。総務省、環境省、厚労省に質問書を出して。これは返事が来とるんですよね、答えが。こないだは農水省と環境省・公害対策課みたいなとこが来とって、あんまり、一時間しか交渉の時間がなくて。こういう質問出しとるんですよ。

松田

こういった質問事項そのものがアスベストセンターの方なんかと一緒に作られるのですか。

中村

そうです。うちの患者・家族の会の相談役が作って、まとめて、それを内閣府に送って、それが各省庁に渡って。今回は質問が多すぎるいうことで。質問が多すぎるいうことはそんだけわからんことを行政がやっとんちゃうん言うて。

松田

リスク認識みたいな話も出るのですか。私はリスク論に関心があるので、これは答えの感じでいうと、環境省の大気局ですね。ここがそんなにリスクはないと言ってるわけですね。

中村

F/Lどうのこうの言って。

松田

Fは繊維の数(Fibres)ですか。

中村

繊維の数ですね。150本いうことですね。リッターあたり。1000人に1人の死亡リスクがあるというのが、青石綿とか茶石綿とかで30F/L。これよりも数字低くせんといかんということですね。一般環境でもこんだけあったら、1000人に1人。ですから、敷地境界線の基準で、10F/Lですか。1リットルに10本。これも早稲田大学の村山教授の提言では、0.1本から0.2本に基準を上げていかんと、危険度はそんなになくならんと。リスクは大きいという発言をされてるんですよね。ですから、敷地境界のそういうのから、法律を改めていかんと。

松田

法律は甘い基準になってるんですね。

中村

甘すぎるんですよね。ましてや、解体現場の基準って言うのはないんですよね。

松田

ないんですか。まったく。

中村

今まで。それで、急きょ自治体が作ってるのが、その敷地境界の基準に合わせて10本というのを設けてるんですよ。

松田

解体作業をしてる現場でもし測ったとしたら、どれぐらいになるんでしょうか。

中村

たぶん、その現場の中でしたら、2万本とか。

松田

2万本。このリッターあたりで2万本なんですか?すごい桁が違いますね。150とか30とか、これでも危険なわけですよね。

中村

それでも1000人に1人が亡くなると。ですからそれに近いようなところで、僕はタオルでやってたんですよね。建築現場の被害者が表立って出てるのは、案外少ないんですけども。去年の8月か9月ですかね、企業の労災の数字見たら、建築関係けっこう少ないんですよね。そんだけの過酷な環境にありながら。

松田

やっぱり労災を出さないで、という体質とかが関係しているのでしょうか。

中村

それもあると思うし、押さえつける。そういう体質があるんで、たぶん押さえつけられてるんかなぁと。自分の健康保険で治療して、かけとった生命保険でガンやから言うてもらっとるぐらいかなぁと。そういう人の掘り起こしをせんといかんなぁいうて、僕はそのために名前を報道機関にもさらして、職業も元大工とか書いてもらってやってるんですけどね。

松田

昔働いていた仲間から、名前が出てテレビなどに出て、中村さんご本人に相談があったとかというのはありますか。

中村

ないです。だから運がええんかな、皆、病気になってないんやなぁ、思いながら。

松田

泉南に調査に行った時に出た話でも、ある村から泉南の会社に勤めたので、親戚などに「お金が儲かるから、来いよ」みたいな感じで呼んだということが出ましたが。中には隠岐の島からの方がおられ、親戚か地縁で同じ会社に勤めたが、結婚などで地元に帰る。そこから掘り起こしていこうというのを弁護団の方も話しおられました。

中村

そうですね、そこまで掘り起こしていかんといかんでしょうね。特に泉南地方は紡績とかが主ですから、どうしても地方の人が多いですよね。九州、西日本の人が多いですよね。そういう人も会社やめたら、結婚したりとかして、田舎に帰ってやってる人いると思うし。それは掘り起しには必要やと思いますね。

松田

だいぶ時間が経ったので、もう10分20分お話しをうかがってよろしいですか。

中村

いいですよ。

松田

せっかくですので、テレビでの尾辻大臣とのお話のことをお伺いしたい。あの交渉はどういう経緯で実現したのでしょうか。

中村

あれはですね、まず、NHKがスペシャルで7時半から10時半まででしたっけ、枠をつくってアスベスト問題を取り上げよういうことで。それでクボタショックで尼崎がクローズアップされましたんで、尼崎も中継で結ぼういうことになって、それで、そこに僕も出てくれ言われて、中継の先に出たんです。

そんで尾辻大臣は鹿児島に帰ってて、たぶん鹿児島の放送局で中継だったと思うんですよ。東京のスタジオと尼崎と鹿児島と、三次元で結んで、やってたんですよ。僕は二部のほうで出て、自分の思うところを話したんですよ。

松田

私、そこをちょうど見ていまして。

中村

それで、とりあえず遠距離交通費の事を提案したんですよ。尾辻大臣は鹿児島の加世田出身なんで、鹿児島弁で一言、「大臣、ぼっけもんの勢いでやってくださいよ」と最後にボソッと言ったんですよ。そうすると、放送終了後に尾辻大臣がNHKの人に「中村さんって鹿児島の人なんかな」いうて訊いたと。

それが尾を引いて、あの時中継でイヤホンしてたら、声が遅れて入ってくるんで、聞きにくかったと。それでもう一回中村さんの話聞いてみたいなと尾辻大臣がぽつんと言うたらしいんですよ。それで、NHKの記者が一回連絡とって見ましょうか、いう話になったみたいで。

次の日ですかね、NHKの記者から東京から電話が掛かってきて、「尾辻大臣、中村さんと会って話聞きたい言ってるんですけども、いいですかね?」って言って。「僕はこれ個人で動いてるんちがうし、患者と家族の会を通してください」と。とりあえず、「僕は大阪の方やから関西支部の古川さんか片岡さんに連絡とってもらえますか」言うて。逆に投げたんですよ。

そしたら、すぐに古川さんとこに電話あったらしい。「それやったら受けたらどうですか、いいですよ」って古川さんから返事があったいうて。そんでまた折り返しNHKから電話があって、「古川さんこんなん言ってましたから。」「それやったらいいですよ、会います」、言うたら、「わかりました、中村さんの電話番号厚生労働省に教えてもいいですね」言うて、「いいですよ」と。

そしたら、次の日の三日目に厚生労働省の書記官、言うんかな、電話かかってきて。放送があったんが10月8日で、厚生労働省から掛かってきたんが10日やったかな。それで、「16日に大臣が大阪に、会いに行くからいいですか」、「いいですよ」言うて。

そういうような話で面談が実現したんですよ。それまでに一応訊きたい事、患者と家族の会として、要望書を一応出してくれいうことで。その時も、労災の時効問題、医薬品の早期開発承認、治療法の確立、遠距離交通費と、ケアの施設を作ってください、と五つをファックスでまた厚労省に流して。やっぱり向こうも答える下準備がいるんでしょうから。とりあえずこっちからは僕と古川さんと安全センターの片岡さん、三人行きます言うて、名前と立場と全部ファックスして。それで、大阪の労働局で一時間の約束で面談に行ったんですよ。

色々話して、そしたら、「交通費の事はわかりました。すぐに手を打ちます」。労災の時効の問題も、片岡さんから話を聞いて「ああ、そういうことだったんですか。事務方から話を色々聞いてたけど、僕もあんまりわからんで」って大臣が言って。「今片岡さんがおっしゃったことを聞いて理解できました。そういうことだったんですか。そしたらなんとかせんといかんな。手打ちましょう」いうことになって。本来一時間の約束だったのが一時間四十分になって。事務方が「大臣そろそろ時間です」って横から言うと。「ちょっと待ってよ。まだ話終わってへん」言うて。

むこうから大臣が知ってる事をそのまま言ってもらったんで、よかったなぁって言ってたら、その交通費の事は約二週間後にもう通達出してるんですよね。10月の終わりには労働局に通達を出して、七つのブロックに日本全国を分けて、そのブロック内やったら支給しなさい、交通費を。今までだったら、家から2キロから4キロ。家から2キロより近いとこは出ないんですよね。家から2キロから4キロまでの範囲で交通費支給されてたんですよね。労災の通院に。4キロ過ぎたら一円ももらえなかった。

松田

もらえないのですか。

中村

今まで。それはおかしいん違う?どういうこと?言うたら、大概4キロ以内には病院あるだろうという解釈だったんですよね。例えば、整形外科であろうが、外科であろうが、内科であろうが。労災やったら、一般的に怪我ですよ。骨折とか墜落事故で。そういうのを想定して作ってる法律なんで、家から4キロ以内には病院あるだろういう解釈で作ってたみたいで。

それで、現実に僕はそれを提案した根拠は、奈良から兵庫医大まで通った患者が一人あって、一人は徳島から兵庫医大まで来とった患者さんで、そのふたりを念頭においてお願いしたんですよ。

そしたら、実名挙げて大臣が「わかりました。この二人は何とかします」て。二週間後には通達を出したんですよ、労働局に。7つのブロックに分けて、近畿やったら近畿ブロック、中国地方、九州、北海道。7つの中やったらどこの病院に行っても交通費出しましょうというふうに制度が変わったんですよ。だから尾辻大臣と会って、ものすご進展したなぁ言うて。

それと、そのときに片岡さんが「胸膜プラークなかったら労災にはならん言う今の法律やけど、生検してもプラーク見あたらへん人もいる。死ぬのを待たんと労災できへんのか。死後解剖待つんか?」と質問したら、それも事務方が濁しとったみたいで。もう大臣はそんなことせんでも中皮腫の診断があったら労災になるもんや、と思いこんでたと。

それも今年の18年の2月に法律が緩和されて、胸膜プラークがなかっても労災の認定になりますって改正にはなったんです。ですから、尾辻大臣と会って話したことは、ものすご僕らに関してはプラスになったんですよね。

松田

直談判ですね。

中村

そうです。被害者の、犠牲者の支援する立場としたら、ものすごく進展っていうか。

松田

それは功績ですよね。今の政府は大臣がころころころころ代わるので、続けてくださったらね。

中村

代わった後でもそこまでできたから。もう去年の10月に代わったでしょ。それはよかったなと。逆に小池大臣と会ったのはなんのプラスにもならんかったなぁと。

松田

まあ、よくわかりますけども。クールビズとかばっかりなんで。

中村

そやから、こないだも省庁交渉のときに東京で、朝日新聞の記者が質問する。そしたら、その話まで遡って。やはり、口先だけじゃあかんわなぁって。

松田

時間ももう終わりなので今日はここまでということにさせていただきます。ありがとうございました。

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