シャーウィン・B・ヌーランド著、菱川 英一訳、布施 英利(巻末エッセイ)。

ペンギン評伝双書の一。
原著:
Sherwin B. Nuland: Leonardo da Vinci (Penguin Lives, New York: Penguin Group, 2000)
原著者はイェール大学臨床外科学教授。解剖学者レオナルドがいかに時代に先んじた独創的な業績を残したかを最後の二章で怒涛のように語る。そこまでは通常の評伝のように見えるが、この最後の二章を読む人は、それまでのレオナルド像を根本的に修正するよう迫られるかもしれない。よく知られているレオナルドの絵画作品まで違ったように見えてくるかもしれない。
科学的世界観に裏打ちされた思索家であり芸術家、いや、はっきり言えばレオナルドは科学者そのものだ。科学者がものを考え、目に映ったものを芸術的手段で表現したのだ。しかも、その目たるや、感度が尋常ではない。ミルク・クラウン(ミルクに雫をたらしたときに高速度撮影すると見える冠状の撥ね、milk splash)が裸眼で見えたほどの視覚を有する彼は、われわれに見えないものが見えていたとしても不思議ではない。
書評
「ユニークな伝記シリーズ「ペンギン評伝双書」の一冊だが、著者がイェール大の外科医学教授ということからも、このダ・ヴィンチ伝の異色ぶりが窺えよう。
美貌と優しさを兼ね備えて人々から慕われた若きレオナルドは、フィレンツェのヴェロッキオの工房に弟子入りし、瞬く間に名を上げてミラノの摂政ルドヴィーコ・スフォルツァに抱えられる。その後、後輩ミケランジェロと対立しながら、フィレンツェ、ミラノ、ローマで仕事をし、最後はフランソワ1世の庇護のもとフランス中部の城で一生を終える。だが本書で最も詳しく語られるのは、画家としてのダ・ヴィンチではなく科学者、とりわけ解剖学医としての彼である。
正式な教育など何一つ受けなかった彼は、それ故に時代の制約から自由であった。残されたスケッチからわかるその解剖学の知識は時代に遥かに先んじており、彼が人間と自然をありのままに見ることに強い情熱を傾けていたことを物語る。」(「Tempo Books」、
週刊新潮、2003年10月2日号)