Ver. 1.5 (2005/1/17)

 

言語学における卒業論文執筆の手引き[i]

 

松本 曜

 

1. 論文とは?

●特定の課題に関して、自分の論を展開したもの。

 

当然だが、

●他の文献から学んだことを自分なりに整理しただけでは論文にはならない。

●内容に関する責任は、執筆者自身にある。内容に関して指導教官に依存すべきではない。

 

 

2.    研究の進め方

 

2.1. 課題の設定

 

 まず、取り組む課題を設定する。見つけ方には決まった方法はないが、次のようなケースが考えられる。考えられるその後の展開とともに述べる。

 

おもしろい、不思議だと思った特定の言語現象。

 →これだけでは範囲が狭すぎて、課題として設定できない場合がある。それに関連してどのようなことが議論されているかを調べて、論文の課題を設定する。

 

●他の文献ですでに取り上げられている課題。(授業で取り上げられたものなど)

 論文を読んだときの疑問点(納得できない点)を出発点として、同じ問題に関して新しい記述、説明を考えていく。

 →提案されている分析について、他の言語の類似現象や、同一言語の類似現象に当てはめて検証する。あるいは別の手法(実験、コーパスなど)で検証する。

 →複数の論文で異なる説明がなされていれば、どちらが正しいかに関して考察する。

 

●他の文献の中で、今後の研究課題としてあげられている課題。

 →その論文で提案されている分析によって説明できるのかどうか、あるいはどのような修正が必要になるのかを考えていく。

 

重要なのは、適当な範囲の現象を扱うこと。範囲を具体的に絞ること。「語彙の意味」が課題なら、具体的にどの単語を取り上げるのかを考えること。論文として現実的に扱える範囲に絞る。またあまりに狭すぎてもいけない。一つの単語を取り上げるなら、それが語彙一般の研究にどのような貢献をするのかを必ず考えること。

 

 

2.2. 先行研究の調査

 

 課題に関する先行研究を調べる。指導教員に相談することのほか、以下のようなデータベースを用いて探す。これらは主に論文の検索。キーワードをうまく選んで探す。

 

英語の文献

Google scholar      http://scholar.google.com/    internet上にある論文のみ

Linguistics bibliography   http://www0.kb.nl/blonline/   文献が限られている

LLBALinguistics and Language Behavior Abstracts)大学図書館等に問い合わせる

MLA international bibliography          大学図書館等に問い合わせる

 

日本語の文献

国語学研究文献検索           http://www6.ninjal.ac.jp/kokugogaku_bunken/

NII論文情報ナビゲーター    http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiTop

 

図書館使用の注意

図書館の図書目録は、書名の目録である。論文を入手しようとするときは、それが含まれている書名、雑誌名で目録を調べること。

 

 

2.3. データの収集と分析

 

 関連するデータの収集を行う。内省、コーパス調査、実験など様々な手法がある。データを集める際には、かならず何らかの形での仮説が必要になる。内省によって文を判断する場合も、仮説があるからこそ、この文はどうか、と問うことになる。実験に関しては仮説を検証できるような実験をデザインしなければならない。各種の調査を行う際も、何をみたいかを明確にすることによってはじめて、統計的な処理を行うことが出来る。

 

 実際の進め方は分野によって異なる。『日本語学』 Vol.13, No.6 (19945月増刊号)を参照のこと。

 

 日本語、英語のコーパスの関しては以下のサイトを参照のこと

 

KOTNOHO 『現代日本語書き言葉均衡コーパス』 デモ         http://www.kotonoha.gr.jp/demo/

小学館 コーパスねとワーク      http://www.corpora.jp/~scn/information.html?page=top

BYU-BNC                       http://corpus.byu.edu/bnc/

 

 

3.  論文の執筆

 

3.1.  良い論文とは?

 

論文は通例次のような点から評価される  NICEと覚える。

1) New     独創性がある主張がなされているか

       (新しい視点、新しい事実の発掘、より正確な記述、新しい説明)

2) Integrated   まとまりがある構成になっているか

3) Clearly argued 論旨が明快か

4) Empirical   経験的な検証がなされているか

 

 

3.2. 論文で絶対にしてはならない、三つのDon’t

 

 以下の行為を含むものは、どのような理由があっても論文として受け入れられることはない。

 

盗用(剽窃):他人の文章を論文中でことわることなく使う (Plagiarism)

● 代筆:他人に書いてもらう

虚偽:事実(データを含む)を意図的にまげて書く

 

 このうち、盗用(剽窃)に関しては、書籍からスキャナーにかけたものや、インターネットからのcut&paste等によるものが増えており、常習的に行う人もいる。以下のサイトなどを参照し、盗用と見なされる行為をしないように注意すべきである。

 

http://www.plagiarism.org/research_site/e_what_is_plagiarism.html

 

 代筆は、当然ながら、家族・友人に頼んだ場合の他、有料・無料のサービスを利用した場合も含まれる。

 

 卒論は個人の論文であり、共著論文はありえない。したがって、通例、共同研究による研究成果の場合、自分が中心になって行った部分のみ自分の研究として論文に含めることが出来る。その際は、共同研究であることに触れて、自分の役割を明記する。また、執筆はあくまで自分で行う。

 

 

3.3. 全体的な構成

 

●論文全体で主張したいことは何か、一点に集約させる。一点に集約させることができないのなら不要部分を削る。(削除した部分はまた別の論文に発展させればよい) その「主張したい内容」は、論文の1ページ目に書く。

 

●論文は章、節に分けて書く。各章、節の内容は一つの主張にまとめられるようにする。

 

●目次文献リストを付ける。

 

●先行研究の議論は必要のある範囲内で幅広くする。問題点を見つけて、自分が議論する課題を明らかにするために行う。先行研究の紹介も自分の文章で書く。(用語・定義まで変えると言うことではない)

 

自分が得た観察、記述から、言語一般について何が言えるかを考察する。(「だからどうなのか?」という質問に答えられるように)

 

●構成の例

 目次

 前書き

 1. 研究課題の提示

 2. 先行研究(その評価、問題点など)

 3. 自分の理論的枠組みの提示、仮説の提示

 4. 論証(複数の章に分ける)

 5. さらなる考察(残された問題、先行研究の再考、広範囲の問題との関連など)

 6. 結論

 文献リスト

 

 

3.4. 文章の展開

 

●論文は自分のために書くのではない。常に、ほかの人(指導教官以外も含む)が読んで分かるかどうかを意識して書く。

 

論文は自分史ではない。自分の最終的な結論にもとづいて書く。実際の執筆に至る前の紆余曲折などをそのまま書く必要はない。

 

何がその論文における主張なのか、何がおもしろい点なのかがが分かるように書く。

 

一度に二つ以上のことを議論しない。ひとつずつ積み上げていく。

 

●同じ内容の繰り返しをせず、簡潔にまとめる。

 

●結論を述べるのを後回しにせず、議論を進める前に述べるようにして、読者を方向付けておくようにする。

 

自分が当然だと思うことを、ほかの人(読者)も当然だと思うとは限らないことに注意する。

 

●課題となる用語は定義して使う。最初に登場するところで(ひとまず)定義する。

書式に注意する。括弧、イタリック、大文字などを一貫して使う。

 

 

3.5. 他の論文への言及

 

●ほかの人の観察、主張は、そうだと分かるように書く。そして、その主張をしている人が誰なのかを必ず書く。ほかの人の論文に書かれていたことのみならず、個人的に聞いたことについても同様(いわゆる私信=personal communication)。何も断っていなければ、自分が考えたことだと解釈される。

 

●論文への言及は著者名と出版年で示す。長い論文や書籍から引用する場合は、その主張や例文が出ているページも示す。「柴谷(1976:32)によれば….

 

●他の論文などから、文章を変えずにそのまま引用する場合は、日本語論文では「」、英語論文ではdouble quotationを用い、最後にページも含めてどこからの引用かを示す。長い場合は、インデントを施したパラグラフにする。

 

孫引きをしない。引用されている文献が入手不可能な場合は、どこからその情報を得たか(実際に読んだ本など)が分かるように書く。「ホッパーとトローゴット (Hopper and Traugott 1993)によれば、メイェ(Meillet 1912) と主張している。」 読んだ文献の著者が誰かではなく、もとの主張をしている人が誰なのかが重要なので、その人が誰であるかが分かるように書く。

 

●教科書として書かれた本から引用する場合、引用している主張が教科書の著者の主張なのか、そこに引用されている文献の著者の主張なのかをよく確かめる。

 

3.6. 議論の展開

 

自分の主張は何かを明確に書く。

 

●何を主張するにも証拠を示す。

 

自分の挙げる証拠が正しく使われていることを確かめる。他の説明ができないかどうかに注意する。たとえば、ある文が非文なのは、自分が議論している事項故に非文なのかどうか。

 

●観察、記述、説明の区別をしっかりする。前提、提案の区別も同様。

 

●安易な一般化をしていないか注意する。

 例:日本語と英語がある点で異なる /→ 日本語と西洋の言語がその点で異なる

 

●論理性に注意

  例: 

  「-lyは形容詞に付く」 -lyが付けば形容詞だ」(形容詞以外には付かないとは言っていないから) ≠ 「形容詞なら-lyが付く」(すべての形容詞に付くとは言っていないから)

    英語話者のみに、ある傾向が見られる ≠ 英語を話すこととその傾向との間に因果関係がある

 

 

3.7. データの提示

 

例文、図表には番号を付ける。図表には題を付け、何を示したものかが分かるようにする。

 

●同一のことを複数の例文で示す場合、また、複数の文を対比する場合は、同じ例文番号でa, bなどとする。

 

●例文のどの部分に注目しているのかが分かるように工夫する(イタリック体、アンダーラインなどの使用)。意味もなく複雑な文にしない。

 

例文は何を示すために挙げられているのかが分かるように、また、議論していることとの関係がよく分かるように、本文中で解説する。

 

●文の容認性に関しては、文としておかしい文には*を、ややおかしい文には?を文頭に付加する。おかしくない文には何も付けないか、OKを付けて示す。判断に個人差がある場合は、*/?のようにスラッシュで示す。統語的には良いが意味的あるいは語用論的にはおかしい場合に#を用いることがあるが、そのような区別がしにくい場合もあるので、#をどのような時に使うのかを注で示しておくと良い。

 

例文の容認性の判断には、自分が最終的な責任を持つ。個人差がある場合には誰の判断かを書く。容認性が意味や文脈による場合は、どの場合の容認性かを明示する。

 

日本語論文では日本語・英語以外の言語の例文、英語論文では英語以外の言語の例文に、グロスと訳の両方を付ける。

 

グロスは、各単語ごとにタブを用いて付ける。例文で語中の形態素境界をハイフンなどで示した場合には、グロスにおいても境界を示し、形態素ごとに訳語を付ける。一つの形態素のグロスを二つ以上の語で示す場合は、その語をピリオドでつなげる。グロスに使う語に多義性がある場合はどの意味かが分かるようにする。以下は一つの例。

 

(1)  Kare-wa  booru-o  hako-no   naka-ni     nage-ire-ta.

    He-Top  ball-Acc  box-Gen   inside-Goal   throw-make.enter-Pst

    "He threw a ball into the box."

 

図は出来るだけ簡潔なものにする。線の太さなど無意味に多様なものを用いない。

 

●表で数値を示す場合は、何を示しているのかがはっきり分かるようにする。(%は何を何で割ったのかなど)

 

●実験結果を示す表は、どこに注目すればいいのかが分かるように書く。

 

●考察したい観点から集計したデータのみを本文に載せる。集計前のデータは載せる意味が少なく、読んでもらえないことが多い。

 

 

3.8. 書式

英語論文では、イタリックを言語表現(考察している単語、句など)を指す場合、及び強調を示す場合に使う。日本語論文では「」を用いる。カタカナで言語表現を表す場合もある。

 

●略号は、論文の一番最初の部分で注などの形で一覧にして示すか、最初に出てくるところで注か本文中で内容を示す。

 

文献リストは、著者の名字のアイウエオ順、ABC順に並べる。出版年、論文名、書籍・雑誌名、掲載ページ、出版社、出版地に関して情報を載せる。書籍、雑誌論文、論文集の中の論文で書き方が異なる。また、英語文献と日本語文献でも異なる。書式はいくつかの種類があるが、以下は一つの例。

 

書籍論文の場合  影山太郎 2002 「非対格構造の他動詞意味と統語のインターフェイス」 伊藤たかね編『文法理論:レキシコンと統語』(シリーズ言語科学第1巻) 東京大学出版会

雑誌論文の場合  国広哲弥 1985 「認知と言語表現」 『言語研究』88: 1-19

書籍の場合    姫野昌子 1999 『複合動詞の構造と意味用法』 ひつじ書房

 

書籍論文の場合  Talmy, Leonard. 1996. “Fictive motion in language and ‘ception’.” In Paul Bloom, Mary A. Peterson, Lynn Nadel, and Merrill F. Garrett, eds., Language and Space. 211-276. Cambridge, Mass.: MIT Press.

雑誌論文の場合  Crowley, Terry. 1987. “Serial Verbs in Paamese.” Studies in Language 11: 35-84.

書籍の場合    Levin, Beth. 1993. English Verb Classes and Alternations: A Preliminary Investigation. Chicago: University of Chicago Press.

 

特に、論文名と書籍名では書き方が異なるので注意。

英語の論文名、書籍名、著者名などが、表紙などですべて大文字で書かれている場合がある。これはデザインとしてそうなっているだけなので、上記のような一般的な書き方に直して書く。

 

 

●以下のサイトなどを参照のこと

『言語研究』:http://wwwsoc.nii.ac.jp/lsj2/gk/gkstyle-jp.pdf

English Linguisticshttp://wwwsoc.nii.ac.jp/elsj/el.html

Linguistic Inquiryhttp://mitpress.mit.edu/journals/LING/li-style.pdf

 

 

参考になるサイト

 

京都大学大学院人間・環境学研究科 言語科学講座 東郷雄二先生のサイト 「私家版 卒業論文の書き方」: http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/thesis.html

 



[i] この執筆に際しては神戸大学文学部言語学専修の同僚の西光義弘、岸本秀樹、パルデシ・プラシャントの諸氏から有益な助言を得た。