95回 地理思想研究部会

2008118() 於 筑波大学

 
■地域レベルの環境ガバナンスにおける環境評価のあり方
 −複雑な環境問題を、科学性を保ちながら、どう評価するか


 栗島英明(芝浦工業大学)


要旨

1.地域環境マネジメントと環境評価

公害問題や都市ヒートアイランド問題などの局所的な地域環境問題から、地球温暖化問題などの影響範囲が国境を越え、全地球的に広がりをもつ地球環境問題まで、環境問題は様々なスケールで発生している。地域が生産・消費活動の場であり、地域の環境負荷や影響が無数に連鎖し、相互に依存、影響し合って環境問題が生じていることを考えれば、地域レベルにおける環境問題への取り組みは極めて重要である。そして、わが国における環境問題への取り組みの歴史においては、地域からの行動が、常に日本全体の取り組みの流れを変える原動力となってきた。

一方、環境問題の変質にともなって、地域レベルの環境への取り組みには大きな変化が見られる。すでに環境行政には「地域環境管理」という用語があるが、これは「地域において自然的社会的条件、地域住民の意向等を踏まえた地域環境の望ましいあり方を明らかにした上、その実現のために、諸施策を総合的、計画的に実施する」と定義されている。すなわち、「地域環境(local environment)」の管理である。しかし、地球温暖化のような全地球スケールかつ未来世代が被る環境問題であっても、地域における生産・消費活動に起因していることを考えれば、対象としなければならない環境は地域の範囲を超えたものとなる。また、地球温暖化やごみ問題といった生活起源の今日的な環境問題を解決するには、これまでの行政による規制的手法や、企業における生産活動内の環境対応だけでは十分でなく、地域で活動を営む個人、家庭、近隣、企業、地方自治体、NPOなど多様な主体がこれに取り組み、相互に連携しながら社会システム全体を環境創造の方向へと変化させていかなければならない。すなわち、「環境ガバナンス」が地域における環境への取り組みの中心となる。

報告者らは、環境ガバナンスが主体となるこのような新しい地域レベルの環境への取り組みを「地域環境マネジメント」と呼んでいる。地域環境マネジメントを進めるためには、まず環境(負の外部性)の評価が必要である。それは、課題の設定(agenda setting)、計画形成(policy formulation)、計画実施(implementation)といったマネジメントの各段階で、常に環境に関するデータを必要とするためである。したがって、地域環境マネジメントにおける環境評価の要件としては、まず目標の設定やパフォーマンスの評価などマネジメントに資する指標、すなわち定量的で手順が標準化された指標であることが求められる。また、多様な属性の人々が関わるため、必ずしも環境の専門家でない人にもわかりやすい評価である必要がある。ただし、わかりやすくするということは、同時に評価の科学性・客観性をどう保つかという問題を抱えている。そもそも環境問題は多様で複雑であり、これをわかりやすく単純化しようとすると、かえって環境が悪化するような対策が導き出される可能性がある。さらに評価は、当該地域だけでなく、地域外や地球全体、未来世代の環境を考慮できることが望まれる。ライフサイクル思考(life cycle thinking)とこれを基礎とするライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment: LCA)は、こうした要件を満たしており、環境評価の有効な手法である。

2.評価の事例

(1)地域開発の事例

三重県多気町では、新たに誘致した工場従業員の都市的サービスに対するニーズに対応して、商業生活関連施設を誘致するクリスタルタウン事業が計画された。報告者らは、事業の基本計画を策定する委員会のオブザーバーとして、事業のLCAによる評価を実施した。事業案と環境対策を施した代替案とについて、地球温暖化や大気汚染など複数の環境影響量を推計し、これを日本版被害算定型環境影響評価手法LIME1つの指標に統合した。その結果、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出増加による影響が最も大きいことがわかり、これを緩和する対策手法が検討された。評価の結果や検討した環境対策手法については、委員会の意見として基本計画に反映された。

しかしながら、実施計画を策定する別の委員会にはこの結果は引き継がれず、環境評価は十分に活かされないまま事業がすすめられた。例えば、基本計画では二酸化炭素削減につながる新エネルギー技術や省エネルギー機器、有機性廃棄物の有効利用が提案されていたが、実施計画の環境対策の柱は事業地周辺の緑地・水辺整備であった。この背景を報告者は、環境問題認知の空間的な「割引」と考えている。すなわち、土地造成や道路建設による事業地周辺の緑地や水辺の改変は、住民や行政にとって認知しやすく、その重大さを認識しやすい一方で、地球温暖化は身近で起きていることではないために認知することは難しく、その負の外部性が割り引かれてしまった。環境問題の認知のこうした空間的な割引の問題は、地域環境マネジメントにおける環境評価の課題の1つである。

(2)廃棄物リサイクルの事例

 地域環境マネジメントを進めるにあたっては、環境面の評価はもちろんのこと、経済面や社会面についても同時に評価することが望まれる。そこで、報告者らは、千葉県の近郊農村における生ごみとプラスチック廃棄物のリサイクルを事例に、環境面・経済面・社会面の評価を実施した。環境評価はLCAで行い、地球温暖化や大気汚染など複数の環境影響量を推計し、これをLIME1つの指標に統合した。その結果、生ごみリサイクルではバイオガス化、プラスチックリサイクルではセメント原燃料化がもっとも効果的な手法であることが示された。一方、セメント原燃料化は処理コストを大幅に引き上げ、バイオガス化も現状の全量焼却よりコストがかかることから、経済的には最適な対策ではない。また、リサイクルの社会面の評価を、コンジョイント分析を用いて行った結果、すべてのリサイクルは現状の全量焼却よりも社会的便益が大きいことが示された。

 こうした結果を報告者は、結果をそのまま多軸で示したもの、効率指標(環境効率や社会改善効率など)で示したもの、すべて貨幣価値に換算して足し合わせたもの、の3つの方法で示した。複数の方法で結果を示したのは、多軸の評価結果を示しても、どの計画がよいかを判断することは難しい一方で、すべて貨幣換算し、統合してしまうと換算手法の妥当性も相まって、かえって判断を難しくする恐れがあるためである。多様で複雑な環境問題や関連する経済・社会の変化の評価結果をどのような形で示していくのかも地域環境マネジメントにおける環境評価の課題の1つである。

33つのトレードオフと地理学の可能性

 最後に、先に示した事例を取り組む中で直面した3つのトレードオフ(trade-off)について述べるとともに、環境評価における地理学の可能性について触れ、まとめとしたい。

 1つ目のトレードオフが、環境・経済・社会のトレードオフである。エルキントンが主張するように、環境・経済・社会のトリブルボトムラインは持続可能な社会形成に必要不可欠である。これら3つの要素は相互に作用しており、ある対策によって環境は改善するが、経済コストが大きくなってしまったり、社会に問題が生じたりする場合も少なくない。先の廃棄物リサイクルの事例のように、こうしたトレードオフを環境評価のなかでどのように扱っていくのか、どのように結果を見せるのかが今後の課題である。特に、社会面の評価については、社会影響評価(Social Impact Assessment: SIA)という概念はあるもののまだ蓄積が少ない。一方、地理学は、ある事象による地域の様々な社会的な影響についての研究を蓄積しており、SIAにそうした蓄積をフィードバックできないかを検討中である。

 2つ目のトレードオフが、地域・地球(他地域)のトレードオフである。地球レベルの環境問題を解決するに実施した対策が、ある地域の環境悪化につながることがある。例えば、エネルギー効率を高めるために廃棄物焼却施設を集約化すれば、その施設が立地する地域の環境は悪化する。逆に、地域の環境問題を解決するために、地球レベルの環境問題を促進させる場合もある。例えば、生ごみの堆肥化は、地域の最終処分場不足の問題を解決するが、温室効果ガスの排出をかえって増やしてしまう。さらに、地域開発の事例で示した環境認知の空間的な割引は、こうしたトレードオフが生じた際に大きな問題となる(地域エゴになってしまう可能性がある)。トレードオフを確認し、地域エゴを発生させないためには、地域の活動が地球システムや他の地域にどれほど依存し、どれくらいの影響を与えているのかを明らかにすることがまず重要である。それは着地を基準とした一種の物流研究であり、経済地理学の手法が有効である。

 3つ目のトレードオフが、現在・未来のトレードオフである。環境問題は時間性を持ち、現在の環境を良くしようとした結果、未来の環境が悪化することが考えられる。目下、こうしたトレードオフには、時間的割引率を採用して現在を重要視する環境経済学と、現代世代は未来世代の生活の選択肢を保障しなければならないとする環境倫理学の立場がある。地理学では過去はともかく、未来を扱うことはまずないが、環境問題を考えていくためには未来の検討が必要である。目下、どのように地域環境マネジメントの環境評価に時間軸を含めていくかについて検討中であるが、報告者は割引率以外のアイデアを持たない。

 以上、地域レベルの環境評価のあり方について、報告者の経験をもとに報告を行った。報告したい内容が多すぎて絞り切れず、いささか散漫な報告となってしまった。最後に述べたように、環境評価に対して地理学の貢献できる部分は大きい。今回の報告をきっかけとして、地理学においても地域レベルの環境評価について様々な角度から議論されることを望む。

コメント:秋山道雄(滋賀県立大)

 かなり包括的な話とかなり具体的な話が入っていたので、分けてコメントしたい。環境ガバナンスに関して、既存研究に対して現在ではとらえ方が広がってきている。3点ほど挙げると環境行政の進展・政府間関係の変化・市民、NPOなどとの関係がある。負の外部性を地域環境マネジメントとして扱うときには環境自治体の分析として評価が必要となる。LCAの導入は面白い試みだが、特定の自治体の経済分析だけではなく圏域的なアプローチも取り入れるべきである。実際の事例分析では支払い意思額などの手法を用いる時の問題点を意識して、適用を判断してもらいたい。社会的コストとしてゴミの有料化は、住民行動のトランズアクション・コストの変化と関わるので、現実に対して吟味をしてみてはどうか。最後のまとめで、環境・経済・社会のトレードオフの問題には、定量的な評価だけではなく社会的選択の問題を、現在・未来のトレードオフには、割引率の問題だけではなく既存の政策手段の評価も考慮してもらいたい。科学者と評価の問題も、今後の地理思想のテーマとして取り上げていくべきである。

リプライ

 ガバナンスのとらえ方について、思想的背景だけでなく現実の行政や評価の点を含めて議論すべきである。環境自治体に対しては評価の方法を模索している。経済地理学の研究手法は環境評価にも活かせる。工学的分野にも現実分析として地理学的手法は貢献できるだろう。表明選好法の限界は手法上の工夫が必要である。コスト化されない、市場に載らないものは定量分析を補う視点として加味することも考えられる。住民のゴミ処理コストに関しては、環境意識の高まりと住民による費用便益評価も変化に影響を及ぼしている。環境税などの政策手段も今後、考慮に入れていきたい。

質疑

Q:環境評価という言葉の定義があいまいなままだった。思想としての環境評価、手法としての環境評価、主体としての環境評価のどこに焦点があるのか示してもらいたい。従来の環境アセスメントを手がかりに説明すればよかったのではないか。

A:手法としての環境評価をメインに研究してきた。手法には思想があり、主体についてはまだ深く掘り下げていない。従来型の環境アセスメントとのかかわりでは、LCAなどはその補完的な役割である。政策の実施レベルの環境アセスメントに対して、地域外の影響をLCAで見ることができる。事業にあわせた環境アセスメントではなく、政策の上位レベルでの戦略的な環境アセスメントも可能となる。

Q:手法を徹底的に語ると限界があり、地域とのかかわりなどが必要になってくる。事例地域での環境評価は、企業には理解されるかもしれないが、地域環境計画やマネジメントにどう適用させていくかが課題ではないか。

A:同じものを評価していながら、認知がずれているという問題もある。地域とのコミュニケーションが環境評価にも必要となる。これは今後の課題である。分かりやすさと複雑性の匙加減が難しい。

Q:環境評価や環境ガバナンスに住民がどう関わるかという点で個人的な支払い意志額だけでなく集合的な意思決定をどのように調査するのか、行政や企業に対して地域社会に権限がどの程度与えられると考えるか。

A:手法として集団レベルまでは踏み込めていないが、必要になってくると思う。集合的規範と個人の意思決定に関して、社会心理学でも社会と個人のかかわりに言及されているので、今後検討したい。

Q:測定法という問題は計量地理学が検討してきた課題とつながる。評価項目に対して最大値と最小値で結論が変わる場合もある。計算の違いによって結果が変わるので、その幅はどの程度を想定しているのか。

A:統計的な手続きとして範囲を設定している。結論が変わらなければ、調査結果が補強されることになる。

Q:近世の環境や農業をどう評価し、どのように算定するか。

A:ある程度は試算が可能であり、研究もあるが、比較をする時の条件を同じにする必要がある。

Q:3点のトレードオフのひとつについて、地域レベルと国際社会レベルでどのように環境評価をみるのか。評価を突き詰めると科学的手法の限界が見えてくるが、それに対する議論はどのようなものがあるか。

ALCAの手法だけでなく重み付けの手法もある。統合化よりも地域システムからみた地球という発想もある。他方、地球システムを優先した考え方もあるので、必ずしも地理学的発想がすべて受け入れられるわけではない。人文地理学が環境問題を扱うときに定量的な議論がメインになっていなかったと思えるので、あえて今日は定量的な話をした。人文地理学も定量的な話と定性的な話を両方、使えるとよい。

司会まとめ

地理思想部会からのコメントとして、地理思想や文化地理学は表象や倫理、イデオロギーなど人文科学的なアプローチをしてきた。今回の発表は自然科学的なアプローチから地理思想に迫るものであるので、文化地理学的には斬新であった。社会的な環境問題というテーマに地理学が科学的アプローチをできるチャンスが来たとも言える。地理学の持つ文理融合型のアプローチや空間スケールの視点を活かして、今後もこうしたテーマに積極的に取り組んでもらいたい。

(参加者:23名,司会:今里悟之,記録:香川雄一)