114回 地理思想研究部会

2013119日(土)於 大阪市立大学〔人文地理学会大会・部会アワー〕

 

「制度としての請負」と場所の形成−岐阜県美濃加茂市におけるブラジル人労働者の送り出しを中心に−

小谷真千代(神戸大学・院)

 

1  研究目的

 本報告の目的は、ブラジル人労働者を地域労働市場のあらゆる部門へと送り出す制度たる業務請負業に注目し、その空間的展開に場所形成のプロセスが伴うのかを明らかにすることである。

 

2  研究の背景

 2012年現在、日本に在住するブラジル人は193,571人にのぼる。彼らの大部分は業務請負業を通じた間接雇用の非正規社員として、主に自動車や電機産業のような加工組立型産業に従事している。2008年のリーマン・ショック以降起きた大量失業・帰国は記憶にも新しいだろう。またその居住・就労地は東海および北関東の地方工業都市に偏在している。こうした特定の都市を対象とする在日ブラジル人研究には、地域を所与のものとしている、地域に表出する問題にとらわれ構造を見失いがちだとの批判がなされてきた。そこで本報告では、場所の形成という観点からのアプローチを試みる。

 マッシーによれば、場所とは「広範な社会的諸関係とよりローカルな社会的諸関係とが混じり合う別個の焦点」であり、またそのプロセスでもあった。「このような諸関係の並置はさもなければそうはならなかったような効果を生み出す」のであり、またそれら全てが「場所の蓄積された歴史と相互に作用し合い、そこからさらなる種別性の要素を引き出してくる」(マッシー 2002: 43)のである。本報告はこの多様な社会関係が混じり合う焦点である「場所」に注目し、ブラジル人労働者が地域労働市場に取り込まれ、さらに新たな諸関係が取り結ばれていく過程を場所の形成として捉える。

 

3  制度としての請負の拡大

 業務請負業は70年代後半以降の労働力不足に伴って加工組立型産業に求められた事業である。そして日本人のみでは労働者を集めきれなくなった業務請負業者が、労働力供給地のひとつとして見出したのがブラジルであった。90年代以降の不況期に入ると今度は生産変動への対応のために業務請負業の活用が進むが、この時期には日本人労働者も製造業へと戻ってきたために、ブラジル人と日本人との競合が起きている。そこでブラジル人労働者を送り出していた請負業者は、不安定な市場への進出、ブラジル人の少ない地域への進出という生き残り戦略をとった。この請負業の拡大は、送り出し先の部門の拡大であると同時に、業務請負業の空間的な拡大でもある。そしてその空間的拡大から業務請負業が進出する先のひとつが、岐阜県美濃加茂市であった。

 

4  岐阜県美濃加茂市と業務請負業

 岐阜県美濃加茂市は、愛知県への近接性、産業の周辺性からを愛知県との中心?周辺関係のなかに位置づけられる。もともと農村であった美濃加茂市は愛知県への労働力供給地として機能していたが、70年代以降複数の大規模工場誘致から労働力の供給地かつ需要地となった。その結果起こる労働力不足を、女子・高齢者雇用や、遠隔地からの労働者を送り出す業務請負業の活用によって補っていたが、80年代後半の好景気を背景に深刻化している。こうして業務請負業への依存が強まるなか、美濃加茂へとブラジル人労働者を雇用する業務請負業者が進出したのである。

 90年代以降美濃加茂市は工業都市として成長するが、2000年代には生産拠点の移動から誘致工場が全て撤退、さらに2008年のリーマン・ショックを境に工業生産は激減している。この景気悪化を受けて、美濃加茂市ではブラジル人を送り出す業務請負業が事業の拡大を迫られたが、そのプロセスは明らかに空間的なものであった。業務請負業者は不安定な市場に進出し、その不安定さに対応するためには大量の労働者を集めておかなければならない。このような業務請負業者の生き残り戦略は、営業・送迎・求人といった様々な活動を変容させ、制度としての請負を空間的に拡大・縮小していた。また同時に、業務請負業、労働者、工場という三者関係を超えて、地域と相互関係を形成するものでもあった。

 

5  場所の形成

 業務請負業の空間的展開に伴い形成された場所とは、ブラジル、日本、グローバルな景気の動向、愛知県との中心―周辺関係というより広範な社会関係と、請負業者、労働者、工場、地元商店、自動車学校、地方自治体のような、ローカルな社会関係の結びつく焦点である。

 この場所の形成は、二つのプロセスを伴っている。第一に、制度としての請負が場所を不安定にして行くプロセスである。この制度としての請負の下では、安定を求めれば求めるほど、業務請負業者、労働者、そして地主など多くの主体の社会経済的位置が不安定になっていたといえる。つまり、安定を求めるほどに、場所が不安定にならざるを得ないのだ。第二に、制度としての請負が場所に根ざしていくプロセスである。制度としての請負は、例えば地主や商店などのローカルな社会関係と分ちがたく結びつくことで、新たな相互関係・独特の制度が生み出され、請負を支えるような場所が形成されていた。これらの関係や制度は、一見すると地域の商店に利益を生み出し、また労働者には資格取得という利益を与えることのできるような場所の安定化として捉えることもできる。しかしながらこれは、制度としての請負の不安定化のプロセスへ巻き込まれていくということでもある。

 以上をもって、制度としての請負は、安定を志向して拡大し、また場所に根ざすことで、場所を不安定なものにしていると結論づけることができるだろう。つまり、制度としての請負の拡大のプロセスは、不安定化と安定化という矛盾した場所形成のプロセスを伴っていたのである。

 

■コメント

本報告の研究対象地域である美濃加茂市においては、日系人労働者の就労に請負業者・派遣業者が大きく関与している。当該地域の工場で業務を請け負う実質的な人材派遣を行ってきた業者は、1980年代半ばの好景気のさなか、労働力需要があるのに労働者を確保できない事態に直面し、日本国籍を持つブラジルの日系一世を雇用しはじめた。その後、日系二世・三世の日本での就労も可能となり、労働者の確保が容易になると、請負業者は、これまで請負業者を利用してこなかった中・小規模工場に働きかけ、日系人の就労する場所を拡げていった。そして、小谷氏の報告では、2008年のリーマンショック後の工場におけるいわゆる「派遣切り」の中で、請負業者が、自動車や電気機械以外の業種の工場や高齢者介護の分野で日系人の就労先を確保してきたという説明があった。このように、当該地域においては、請負業者が日系人の就労先を開拓し、地域労働市場に日系人労働者を組み込む役割を果たしてきたと言える。

 

■司会所見

地域労働市場論を人文地理学にどう接合させていくか,これが本発表のねらいである。報告者のフィールドに詳しいコメンテーターによるコメントは,地域並びに経時的な文脈説明を兼ねていて,オーディエンスにとって非常に有益なものであった。フロアからの質問も活発であった。たとえば本報告は日系ブラジル人固有の問題なのか,日本における雇用状況全般の話なのではないかという質問。これに対しては,日本人との競合関係が生まれ,より低賃金化が進んでいる事,最底辺にいる労働者を扱うことで非正規雇用全体の話につなげていきたいと答え,日系ブラジル人の在留資格の問題は如何かという質問に対しては,3世まではどの部門でも就労可能ではあるが実際には請負仲介による間接雇用がほとんどであると答えるなど,報告者が研究事象の情報を着実に把握しており,それらを的確に説明できることを確認できた。また報告の概念的な局面に対し,ローカルなものとグローバルの繋がりをいっているものの,今回の報告ではグローバルなものが見えないのではないか,より多様なファクターを加えるべきでは,また場所の形成に関する議論においては,肝心の労働者側の経験についても言及していくべきだろう等,有益な意見が出されたが,いずれも前向きに対処していきたいと述べた。報告者の規範概念にマッシーを見るのだが,彼女の国際分業論から地理思想的場所論への転回を同時代人としてみてきた経験を鑑みれば,報告者には経験的研究を基盤にした社会地理学と地理思想的掘り下げのさらなる研鑽と成果の公表を期待したいし,ネオリベラリズム全盛の経済状況の中で,何が現実に起こっているのか,その事態の精確な把握と分析が地理学に要請されているのも事実であろう。    

 (出席者:21名,司会・記録:大城直樹)