101回 地理思想研究部会


2010
731日(土)
 於 新大阪丸ビル新館

EU地域空間再編成とサブリージョン

―越層する非国家領域的行為体とクロススケールガバナンスの視座からの分析―
               
柑本英雄(弘前大学)

これまで超国家レベル・国家レベル・地方政府レベルなど重層の補完関係の説明にはマルチレベルガバナンス(MLG)モデルが援用されてきた。このモデルは,ECEUの地域政策を念頭に開発された政治形態の分析用具であり,国家が中央集権的に持っていた機能を超国家レベルと地方レベルに委譲していく「制度の創出」や「政策決定上の再配分のプロセス」が進展した結果生まれた「超国家・国家・地方のような機関間の継続的な交渉のシステム」と規定されていた。

しかし,このMLGモデルには構造的な分析枠組み上の欠陥がある。すなわち,スケールとして,スープラナショナル・ナショナル・リージョナルなどの領域的機関の存在する固定的な層しか設定されていない。これでは,EU地域政策に登場したINTERREGなどのスペイシャルプランニングの具体的施策をめぐるガバナンスのあり方を説明しきれない。なぜなら,INTERREGによって,「サブリージョン」のような新しいスケールが登場し,領域的行為体とその管轄領域が一致しないスケールが出現したのである。そして,EU域内国境を相対化することを目的に,EU地域政策の主眼がこのような越境広域に移り始めている。

そこで,越境広域スペイシャルプランニングの基本枠組みとなるEU地域グランドデザイン(バルト海・北海地域)に着目し,その策定過程で,政府間主義的あるいはMLGモデル的政策決定から,クロススケールの政策決定方法に政治決定の様式が移行し始めていることを明らかにした。これまで,国家領域を中心とした「政策容器」が地域政策容器としての有効性を失い,既存の層の間に出現した新しい政策容器「サブリージョン」などの越境広域空間に地域政策の重点が移り始めていることまで分析の範囲として網羅する。北海地域やバルト海地域のような「サブリージョン」では,地方政府のような既存行為体が「国家の単なるクライアント」から,「自立的な国際的行為体」としてアイデンティティを変容させ,その政策容器の「ガバナンス規範策定プロセス」に参画する。国家でさえ,特別な地位は確保されず,フラットなプレイングフィールドであるサブリージョンで,他の領域的行為体に混じりながら,政策コーディネートを実施する。このような実態のある政策分野においては,ガバナンス分析の視角を,Neil Brennerが指摘するように,「スケール内の政治(politics within scale)」から,「スケール間の政治(politics among scale)」に移さなければならない。

クロススケールガバナンスモデルとは,そのような「越境する地域を網羅する政策容器の中で,行為体が配分利益を最大化するために行う調整を分析する枠組み」である。このモデルでは,フラットなプレイングフィールドとして,サブリージョン/ミクロリージョンの越境広域が設定される。スケール概念を援用し,新たな政策容器としてのサブリージョンやミクロリージョンが構築されたことを説明する分析枠組みである。また,「クロススケールガバナンス」は,サブリージョンのように,「政治行為を行う行為体」とその「管轄領域,あるいは行為体の着床としてのリージョン」が一致しない新しいタイプの政策容器において,行為体がスケールを越えて「スケール間の政治」を調整する様式とも考えることが可能である。

ただし,この新しい枠組みの今後の課題としては,以下のことに留意していかねばならない。サブリージョンの規範形成には,今回の研究で議論した領域的行為体だけでなく,漁業組合・労働組合・NGOなど,さまざまな国際的行為体が越境・越層・越質の活動を実践する場としても参加し,レベルや質の異なる行為体が入り交じって調整が行われている。今後は,これら各種,行動規範が異なるステークホルダーが参加するガバナンスのあり方までを網羅する分析する枠組みとして,クロススケールガバナンスモデルが発展・整備されなければならないと考える。

 

■質疑応答及び司会所見

 質疑応答では,空間スケールの概念規定をめぐっての質問と,事例研究における実態についての説明を求める質問がおもに出された。新たな概念枠組みとしての「クロススケールガバナンスモデル」だけでなく,伝統的な概念としての「リージョン」や「スケール」の重層性,さらにはそうした概念の研究史についても補足説明が要求された。

 人文地理学内部においては教科書的理解を前提にして,暗黙の了解が得られていると思われがちな各種の空間概念について,国際関係論・国際社会学を専門とする柑本氏による問題提起は,政治地理学のみならず人文地理学的研究における議論の活性化を導く糸口になるであろう。

また,変貌著しいEUのサブリージョン地域を対象とした事例研究においては,グローバリゼーションに巻き込まれ,クロスボーダー化する地域社会を映し出す材料を提供してくれている。「新しい地誌学」との関連でもこうした研究が言及されることになるかもしれない。

 国家間連合が世界各地で見られるようになるなかでも,脱国境化する一方での地域政策への注目は,改めて重層的なスケールによる比較を可能にする地理学的な分析が貢献できるであろう。学問分野間においても越境的な研究手法が有効性を発揮する可能性を示唆するような報告でもあった。

(出席者:16名,司会:香川雄一,記録:福田珠己)