郷土に関する文献紹介(1)   福田珠己


Peter Blickle. 2004. Heimat: a critical theory of the German idea of homeland.
Camden House. (ISBN 1-57113-225-2) ※ハードカバー版は2002年に同社より出版。

 タイトルにひかれて購入した1冊。著者Peter Blickleは,Western Michigan University(USA)のドイツ語教授。Department of Foreign LanguagesのHPによると,ドイツ文学・文化の専門家であると同時に,小説家でもあるようだ。アカデミックな背景,出自など詳細は未調査であるが,本文中の記述から,両親がドイツ在住であること,どういう経緯かわからないが,アメリカの大学で現代ドイツ文学・文化についてのマスター論文を書いたことは,確かである。
 本書は,特定の媒体を分析することによってHeimatを論じようというものではない。ヘーゲル,ニーチェ,フロイトの著作にHeimatの先触れを見出したり,シラー,ヘルダーリン,ハイネ,トマス・マンの作品におけるHeimatの表現を分析したりするだけでなく,近年のドイツ社会におけるHeimat諸研究,また,Heimat概念と深く関連するようなテレビ番組など,多様な素材を通して,Heimatなる概念について探求がなされているのである。このようなBlickleの研究は「学際的」と紹介されているが,より興味深いのは,Heimatなる概念が,モダニティ,アイデンティティ,ジェンダー,自然,イノセンスといったドイツにおける諸概念といかに重なり合っているか,私たちに示していることであろう。

 概略を紹介する余裕はないので,目次を再掲しておく。
1: Introduction
*Heimat in Other Languages
*Difficulties in Defining Heimat
*Identity, Geography, the Need for Heimat, and Innocence
*Goals and What is at Stake
*Space, Alienation, Provincialism, Nature, Gender, and Self-Healings
2: Heimat, Modernity, and Nation
*Anthony Giddens's Modernity and Heimat
*Jurgen Habermas's Modernity and Heimat
*Heimat: A Space Free from Irony
*Heimat: A Mythicized Space of Time
*Heimat, the German Nation-State, and Herder's Cultural Nationalism
3: Heimat and Concepts of Identity
*Heimat and the Self
*Heimat, Loss, and Heimweh
*Heimat and Regression
4: Heimat and the Feminine
*Heimat as the Ideal Woman (Imagined by Men)
*Heimat, Freud, and the Uncanny
*Women's Voices on Heimat
5: Heimat, Nature, Landscape, and Ground
*Fichte, Schelling , and Heimat: Reenchanting a Desenchanted World
*Heimat, Adorno, and the Subject's Imagined Reunion with Nature
*The German Affinity for Grounding
6: Heimat and Innocence( in Childhood, in Religion, in Language, and in
Antiheimat)
*Heimat and Morality
*Heimat: Growing Up without Growing Up
*Language as Heimat
*Antiheimat as Heimat
7. Conclusion

 ドイツ思想,ドイツ文学の視角から議論すべき点もあろう。ここでは,どちらかというと分析的ではない―とりわけ,Landscapeや社会的側面に関しては十分に論じられているとはいえない―と感想をもったにもかかわらず,私の関心を刺激したいくつかの点について,記しておこう。
 まず,戦後のドイツ社会におけるHeimatをめぐる状況についてである。戦後,そして,1989年を境に,Heimatをめぐる状況は大きく変化しているようだ。とりわけ,1990年代以降は,Heimatが多様な側面から社会において高い関心をうけているようだ。例えば,1995年以降(本書執筆時までに),Heimatをタイトルに含む著書が400冊以上,ドイツの出版社によって発行されているし,1984年には"Heimat",1993年には"Die zweite Heimat"というテレビ番組が放映されている。日本の,ふるさと・郷土をめぐる状況と比較するとどのようなことがみえてくるのだろうか。あるいは,地理学における地域意識研究,民俗学におけるフォークロリズムとの関係はどうだろうか。Heimatに関する諸研究への道しるべとしても,本書は役に立つであろう。
 もう一つ興味を抱いたことは,女性学の立場から近年Haimetが批判的に検討されていることである。日本の女性学の場合,家庭Homeに関しては分厚い研究がなされているが,領域性をもったHeimatに類する概念(郷土,ふるさとなど)となると,まだまだ手薄であろう。地域文化の女性化に言及し始めた福田自身も含め,今後,積極的にとりくむべき課題であろう。