Amhránaíocht ar an Sean-Nós

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Amhránaíocht ar an Sean-Nós

アイルランド語のシャン・ノース



歌唱の特徴 | 装飾音の種類 | いとしのアイリノール

三人のマリアの嘆き | アナハ・クアン | もっと知りたい人へ


アイルランドの伝統音楽の真髄はシャン・ノース歌唱にあるといわれる。(1) 関心をもって自分でも歌ってみたいという人がいたとしても、世界中みわたしても、アイルランドをふくめても、教えているところはきわめて少ない。もともと、先生が教えたり教室で教わったりするものではないのかもしれない。シャン・ノースの名人がいかに歌をおぼえたかという記述をよんでも、母にならったとか祖母にならったとか、ごくごく家族的な環境でならいおぼえている。そうなると、そういう家に生まれるしか方法はないということになってしまう。
 しかし、本当にそうだろうか。シャン・ノース歌唱の基本的な素地を身につければ、あとは、名人の歌唱などを生や録音で聞くことで、歌ってゆくこともできるのではないか。この頁はそう考える人のためにある。筆者の体験では、一曲をおぼえて歌えるようになったときの喜びは格別のものがある。
 ここでのべる方法は、ショーン・ウィリアムズ博士(民族音楽学)から教わったものを基礎とし、筆者の研究成果をある程度くわえている。(2) 博士はジョー・ヒーニー(1919-84、アイルランドがうんだ最も偉大なシャン・ノース歌手のひとり)から直伝でシャン・ノース歌唱を教わった。(3) そのジョーはアイルランド語を話す両親や隣人たちから歌を教わった。その前はわからないが、おそらく、古くは大飢饉(1845-49)以前にさかのぼる伝承がふくまれると思われる。

全体の構成はつぎのようになる。

以下の旋律の分析においてもちいる記法をここでまとめておく。

歌唱の特徴 | Index

シャン・ノース歌唱の特徴はまず、無伴奏で地声でアイルランド語で歌うことにある。クラシックのベル・カントのような美しくあるべき声をもちいることはない。また、ヴィブラートはほとんどもちいない。声が大きくなったり小さくなったりといった変化はつけない。さらに、一定のテンポがない。つまり、フリー・リズムである。歌うピッチは自分で自由にえらんでよい。これらのことから、シャン・ノースで歌っている人に無断で他の楽器(ギターやキーボードなど)で伴奏をつけることは、厳につつしむべきである。テンポの目安であるが、たっぷり時間をかけて各行をうたうことが多く、たとえば、 'An droighneán donn' という、うつくしいエアーをそなえた歌の場合で、一行を 32 秒かけてうたったシャン・ノース・シンガーの例も知られている。

 声の質としては、(かならずしも全体にそうするということではないが)鼻音をもちいることがある。これは子音の種類によって出しかたがちがう。m, n, ng などの鼻音字はそのままで鼻音になるが、それ以外の子音の場合はどうするか。奥のほうで発音する子音の場合、舌の奥を口蓋につける。d, t, r の場合は n のように。sz のように有声化する。これらは単語の頭または終わりにおこる。(4) ジョー・ヒーニーのうたう<いとしのアイリノール>では、第二連の2行目は bais の過去形)ではじまるが、語頭の子音は鼻音化され、ma にちかく聞こえる。文法現象でいう eclipsis (音蝕、暗音化)がおこった場合 (mba) とおなじようなことがおきたわけである。

 この鼻音をささえるのが、(実際には外に聞えることはほとんどないが)neá (ニャー)と呼ばれるものだ。「全歴史をつうじた千人ものパイパーのかなでる音」とジョー・ヒーニーはいい、これが音楽のうえで、情緒のうえでささえとなる。一曲うたいおわるまで、その歌い手をささえる全伝統のようなものである。歌っているとき以外でもつねにこのドローンが聞えているとジョーは語った。それが、聴衆にもほんのわずか感じとれる瞬間がある。歌いはじめの最初の音の寸前にかすかに聞える音だ。しばしば、主音や五度の音だが、違う音のこともある。興味深いことに、北米インディアンやインド東部の声楽にも、ニャーがあるとジョーは感じていたらしい。

 シャン・ノース歌唱は歌詞と密接な関係がある。というより、詩のことばや韻律をふかく理解することが、そのまま歌うことに反映されるといったほうがよい。一般の歌のように、一番の旋律を二番、三番とくりかえすことはなく、詩のことばに応じて歌いかた(装飾音や旋律など)が変化する。十番くらいまである長い歌の場合、聴衆がアイルランド語をあまり解せずとわかれば、短いヴァージョンですます歌い手もある。逆に、詩の内容に応じて歌いかたを変えているのを理解する聴衆に対しては、多くを歌うだろう。この意味で、(ジャズなどの場合とはちがうが)即興性があり、同じ歌を同じように歌うことは二度とないといえる。

 歌のことばは、それだけで独立したものというよりは、その背景にある 物語 と共存することが多い。歌はしばしばその物語の知識を前提とし、それへのコメントの形をとる。ロジカルな筋の展開そのものは歌ではうたわれないことが多い。したがって、ときに断片的になり、口承の過程で失われる部分も出てくる。ときには、別の似た話から断片をもってくる場合もある。ともあれ、その背景物語をかたったうえで歌うのが本来の姿である。

 コナマラのシャン・ノース歌唱の場合、最大の特徴は装飾音にあるといってよいだろう。それについては、つぎのセクションを参照されたい。

装飾音の種類 | Index

シャン・ノースでもちいられる装飾音にはだいたい六種類くらいあるが、実際の歌唱で頻繁にもちいられるのはそのうち三種類くらい。高度な場合になると、それらが組合されることもある。複雑な装飾音をつかう場合には、じゅうぶんに息をためることが必要である。歌っている途中で息がたりないと思えば、装飾音はカットする必要がある。装飾音ははじめの段階ではゆっくり確実な音程をだすようにすべきである。なれてくればだんだんにスピードをあげてゆくのだが、名人になればはしご (ladder) と呼ばれる魔法のような装飾音となる。

 グレース・ノート (grace notes) は語尾をピクッと上げるような装飾音である。<アナハ・クアン> の各連の奇数行のおわりにかならずはいるようなのがグレース・ノートである。<アナハ・クアン> の場合は、主音の一オクターヴ上の音から一音上がる。

 ロール (rolls) はある音から出発していったん上にあがり、もどってきてから下にさがり、最後にもとにもどる装飾音である。図示すると「〜」のようになる。このときに、どのような音をたどっていくかは、さまざまで、出発音から一度あがり、もどって、一度さがってからもどるような単純なものもあれば、出発音からかぞえて上下で計9音以上つかうような複雑なものもある。さらには、ロールを連続して二回おこなうという驚異的な技巧もある。もともと一つの音符が割当てられているところで4音以上つかえば、通常の歌い手ではなく、ある種の境界をこえた(=ゲールタハトの価値観にコミットした)歌い手と見なされることもあるという。したがって、複雑なロールは、場所をえらんでつかうべきであろう。たとえば、北アイルランドのプロテスタント地域のパブでつかうなどは、もっとも危険な行為となりうる。

 ターンturns) は簡単に考えれば、出発音から上(下)にちょっといって帰ってくるような装飾音である。こう考えた場合、ロールとはターン二つ分になる。実際によくつかわれるターンは、出発音から上にいって帰ってきて、そこからすこし下がるものだ。図示すれば「ヘ」のようになる。したがって、だいたい、出発音からかぞえて4音ないし5音くらいつかう。その際に、出発音の(一音くらい)下(上)からはじまることもよくある。

 ほかの装飾音について簡単にふれると、ある音符に対してゆれるような歌いかたがあり、これをウェーヴァー (waver) と呼ぶ。不安定なピッチになる。グロッタル・ストップ (glottal stop) は、あることばにパーカッシヴな強調をあたえるときにもちいる。声門を一時的に閉鎖させるので、女性の歌い手にはむずかしいという。それから、もうひとつ、無装飾音という技巧がある。これは装飾音がないことによって、かえって、むきだしの、くっきりした効果をだすもので、静寂ほど雄弁なものはないという言いかたに感じとしてはちかい。うまくつかえば非常に効果がある。ドネゴールなどでは、はじめから無装飾音が基調になっているようにも聞こえる。この、ドネゴールの歌唱伝統とコナマラの伝統との違いについては、こちらの第二期の項などを参照。

いとしのアイリノール | Index

それでは、実際の歌にあたってみよう。<いとしのアイリノール> (Eileanóir a Rúin) の歌の詩はカール・オ・ダーリ (Cearbhal Ó Dálaigh) なる17世紀前半の詩人の作とされる。Heaney Say a Song CD「一目見て以来、あなたは私の恋人です」 (Mo ghrá thú, den chéad fhéachaint) と歌いだすのがアイリノールに初めて会った瞬間のことだとすると、即興詩である。カールがなぜ、このような才を備えているのかは、背景をなす物語を知れば納得できる。ジョー・ヒーニーによる歌は Joe Heaney: Say a Song (Northwest Folklife NWARCD 001, 1996) におさめられている(写真右)。一般にはあまり出回っていないアルバムだが、まだ廃盤ではなく、folklife@nwfolklife.org まで照会すれば入手できるはずである。貴重な歌が多くおさめられているし、<いとしのアイリノール> のジョーの歌唱をおさめたものは筆者の知るかぎり、これしかないので、入手する価値はある。音階は [1 2 3 4 5 6] つまりドレミファソラの6音がもちいられる。音域は主音の下の [5] から上の [6] まで、つまり1オクターヴと1音。自分の音域から考えて主音を決定したら、それを頭のなかでならし、neá とする。この歌は主音からはじまるからである。できれば、歌全体の旋律を一通りハミングしてから歌いだすとよい。一連は3行からなり、二連までが知られているが、大飢饉前にはもっと連の数が多かったといわれている。さらに、コーラスが3行あり、各連のあとにくりかえされる。

 一行ずつ順に見ていこう。なお、下線部は装飾音のはいるところである。1行目が歌詞原文、2行目が音程、3行目が英語による逐語訳、4行目がカタカナ表記(ジョー・ヒーニーの発音に近づけ、歌いやすく表記)、5行目が日本語訳の順である。1行目と2行目との縦の線をそろえるために「-」の字で適宜うめたつもりだが、もし上下がそろっていない場合は、下線部の位置を合わせてご覧いただきたい。音程において、ターンは青字、ロールは赤字であらわす。

 まず、第一連1行目。
Mo ghrá thú-----, den-- chéad fhéachaint, Eileanóir------------------------ a Rúin
1 6 5------ 6 1 6 5, 5 6 1- 2---- 2 3 2 1 2--- 3-, 1 6-- 5 6 1 3 2 3 2 1 6 5 6 1 1 1
My love you, from the first look, Eileanóir my dear
一目見て以来、あなたを愛しています、いとしいアイリノール

 Mo ghrá thúIs mo ghrá thú の意、すなわち、「あなたはわが恋人である」の意味。Mo ghrá で [1 6 5] という、アイルランド伝統音楽の基本モティーフといえる旋律ではじまる。この [1 6 5] は[主音 (その下の)6度 5度] の意味で、G のキーだとすると、[G E D] になる。シャン・ノースは無伴奏歌であり、どのピッチで歌うか気にしなくてよい。自分の声がもっとも気持ちよくひびく音域をえらべばよいので、このような相対的な記法を採用する。「わが恋人」 Mo ghrá と切りだしたあとに、「あなたは」 thú が [6 1 6 5] と、ながくひびく。考えようによっては、これはターンと同じ音のならびだ。
 「はじめて見て以来」 den chéad fhéachaint のところで、最初の装飾音があらわれる(下線部)。[2 3 2 1 2] は出発音 [2] のロールである。ここの二つの /e:/ のながい母音はゆたかにひびきあう。
 さて、いよいよ、「アイリノールよ、いとしい人よ」 Eileanóir a Rúin でこの歌の最大の山場がはやくもやってくる。Eileanóir の後半部分、すなわち -nóir という無強勢部分で、とんでもなくこったロールがあらわれる。最終的に主音に解決するが、それまでに下の5度の音からはじまり、出発音 [1] を通過して上へのぼって早いターンをし、もどり、下でターンをし、そして [1] にもどる。最後の a Rúin のところはおちついて [1 1] となる。行末では、このように、装飾音をいれず、フラットに終止するのが暗黙のルールである。それにしても、このロールはどうだろう。 -nóir だけで12音ある。普通にやればかなり時間をくうだろうが、ジョー・ヒーニーはじつにさらりと歌う。まさに、魔法としか思えないこぶし (melisma) である。これは実際に耳にして確認していただくほかない。

 では、2行目。
Is------- ort a bhím ag--- smaoineadh, tráth a mbí-------m i----- mo shuan
1 2 1 6 5-- 6 1 6 5- 5 6 1 2 3 2 1 2 3----- 3----- 3 2 3 2 1 5 6 1 6 5 6 1 1
It's on you that I am thinking, when I am in my sleep
わたしが休んでいるとき、考えるのはあなたのことです

 この行はいきなりターンではじまるので、むずかしい。基本的には1行目と旋律の骨格は似ているが、こまかいターンが三回くらいあらわれるので、気がぬけない。しかも、そのあいだにロールがはさまる。なお、最後のターンの箇所はターンとせず [6 5] とすることもできる。

 一連をしめくくる3行目。
A---- ghrá--- den-- tsaol, 's a chéad--- searc, 's tú is deise -------- ban Éi-------reann.
1 2 3 4 5 6 5 3 2 1 6 1----- 1 6 5 6 1 6 5 5---------- 1-- 2- 3 2 1- 6 1 2 1 6 5---- 6 1 6 5 5
Love of the life, and first love, it's you who is nicer than women Irish.
愛する人よ、初恋の人よ、あなたは[全]アイルランド女性よりすてきです。

 この行はターンが四回あらわれる。 のターンはもっと簡単な [6 1 6] でもかまわない。最初の「愛する人よ」 A ghráA は [1 2 3] の音程をはっきりだす。最初のふたつのターンは出発音の一音下からはじまっている。 のターンは、出発音は [1] で、二音下からはじまっているとみなすことができる。または、簡略化したターンから逆に考えると、[6] を出発点とするとも考えられる。その場合は、あがった [1] でさらに別のターンをしてから帰ってくるということになる。

 コーラス (curfá) の1行目。
A bhruinnilín deas óg, is tu is deise milse póig
3 5--------- 5 5- 5----- 6 5- 3---- 3- 5-- 6-- 5- 4-- 3 2 1
A little fair maiden nice young, and you nicest sweetest kiss
すてきな娘よ、あなたのキスはこの上なくあまい

 コーラス部分の最初の行は、歌の内容としてはハイライトともいえる。第一連とはちがい、装飾音のまったくないストレートな行。

 コーラスの2行目。
Chuns a mhairfead beo beidh gean 'am ort
1-------- 6 1----- 2 3 2 1----- 6 5----- 6 1 6- 5--- 5
While I would live alive will be a love at me on you
生きているかぎり、あなたへの愛はかわらない

 この行の最初の動詞はジョー・ヒーニーは mhairfead と書いており、実際、d の音が聞こえるが、条件法1人称単数の普通の形は mhairfinn である。簡潔なターンが二回あらわれる。

 コーラスの3行目。
Mar is deas ma---r------- a- sheo---lfainn gamhnaí-- leat, Eileanóir------------------------ a Rúin.
3---- 5- 5 6-- 5 6 5 3 5 3 2 1 6 1 6 5 6 1---- 1 2 3 2 1 2 2 3-- 1 6-- 5 6 1 3 2 3 2 1 6 5 6 1 1 1
For I'd love to drive calves with you, Eileanoir my dear
よろこんで、あなたと仔牛を追いましょう、いとしいアイリノール。

 コーラス最後の行には、また Eileanóir の大ロールがでてくるが、それを準備するかのように、ターンが三回連続し、さらにロールがあらわれる。この行のジョー・ヒーニーのこぶしは驚異的。

三人のマリアの嘆き | Index

この歌 <三人のマリアの嘆き> (Caoine na dTrí Muire) もやはり Joe Heaney: Say a Song におさめられている。Heaney Irish Traditional Songまた、Joe Heaney: Irish Traditional Songs in Gaelic and English (Ossian OSSCD 22, 2002) にもおさめられている(写真右)。アイルランドの伝統的宗教歌のなかではもっともよく知られる歌のひとつ。(5) 三人のマリアについては諸説あるが、イエズスの母マリア(聖母マリア)とマグダラのマリアについてはほぼ一致している。あと一人のマリアを、ジョーはヤコブとヨハネの母マリアだと言っていたという。いずれにしても、ジョーの歌っているヴァージョンには聖母マリアしか出てこず、最後の連にいたって、これからイエズスの受難を嘆く女性たちが生まれてくると歌われるのみである。音階は [1 2 3 4 5 6] つまりドレミファソラの6音がもちいられる。音域は主音の下の [5] から上の [6] まで、つまり1オクターヴと1音。自分の音域から考えて主音を決定したら、それを頭のなかでならし、neá とする。この歌は主音からはじまるからである。できれば、歌全体の旋律を一通りハミングしてから歌いだすとよい。一連は2行からなり、ながいヴァージョンで第十連まである。

 まず、第一連1行目。
A-- Pheadair a aspaill-----, a' bhfhaca tú-- mo ghrá bán? Ochón, is-- o-----chón ó.
1 6 5 6 1-------- 2-- 2 3 2 1 2--- 3------ 2-- 1 6 1---- 1----- 1------ 4- 3 5--- 6 5 3 2 1 2---- 2
Peter, apostle, did you see my love fair? Ochón, and ochón o.
使徒ペトロ、わが愛する人を見ましたか。オホーン、オホーン、オー。

 この歌はイエズスの十二人の弟子(使徒)のひとりペトロにたずねることばからはじまる。十二使徒のえらばれる次第は聖マタイによる福音書10章1-2節および聖ルカによる福音書6章12-14節にある。「使徒」の呼格 aspaill の無強勢音節 -paill にロールがあらわれるほかは、これといった装飾音がなく、かえって、この問いの切実な感じが強まる。ここまでが語りとすると、「オホーン」 Ochón 以下は個人の心からの嘆きの声である。したがって、前半と後半とは歌いかたがちがい、前半では口をあけて声をひびかせるが、後半はやや口をとじぎみにしてソフトにうたう。以下、各行についてすべておなじ。

 つぎに、2行目。
Chonnaic mé ar ball é-- dhá chéasa------ ag an ngarda. O-------chón,---- is ochón ó.
3---- 5------ 5--- 6-- 5--- 3 2 6--- 1----- 3 2 3 2 1-- 6-- 5 6- 1--- 2 3 2 1 3 2 3 2 1 6- 1 1---- 1
Saw I a while ago him to his tormenting at the guard. Ochón, and ochón. o
さきほど、あのかたが衛兵により苦しめられるのを見ました。オホーン、オホーン、オー。

 これは1行目の問いに対するペトロの答えである。「彼」 (é) とはペトロの師イエズスのことである。chéasachéasadh と、すなわち動詞 céas (はりつけにする、苦しめる)の動名詞形または名詞「はりつけ、苦しみ」と解することができる。この語の無強勢音節 -sa でターンがあらわれる。ag an ngarda (衛兵に)の部分は ag naimhid (敵どもに)となっているヴァージョンもある。naimhid は「敵」 (namhaid, námha) の複数形である。行の後半の嘆きの声はターンを二つふくむ。
 なお、この嘆きの歌は、もともと、イエズスの受難を嘆くものであるが、アイルランドで歌われる場合、アイルランドの民のたどった苦しい運命をイエズスの受難に重ねあわせて、つまり、わがことのように歌われるという。したがって、きわめて厳粛で真剣な歌であり、歌う場をえらぶべきであろう。

 つぎに、第二連1行目。以下、装飾音の箇所のみ示す。オホーンの繰返しははぶく。
Muise, cé hé an fear breá sin ar Chrann na Páise?
Indeed, who is the man fine that on the Cross of the Passion?
まあ、受難の十字架にかかっている、あの立派な男性はだれですか。

 2行目。
An é nach naithníonn tú do Mhac, a Mháithirín?
Him don't recognize you your Son, Mother?
息子が分からないのですか、お母さま。

 つぎに、第三連1行目。
An é sin an Maicín a d'iompair mé trí ráithe?
Is he that the son that carried I three trimesters?
あの男性は、私が9ヶ月間おなかに宿した息子ですか。

 2行目。
An é sin an Maicín a rugao insa' stábla?
Is he that the son that was born in the stable?
あの男性は、馬小屋で生まれた息子ですか。

 ここで rugao はふつうのつづりでは rugadh である。

アナハ・クアン | Index

この歌 <アナハ・クアン> (Eanach Cuain) はHeaney Connemara CDかの Anthony Raftery (1779-1835) の作とされる。ジョー・ヒーニーによる歌は語りとともに Joe Heaney: The Road from Connemara (Topic TSCD518D, 2000) におさめられている(写真右)。アナハ・クアンとは、東ゴールウェーの地名だが、同アルバムでは英題を Annaghdown としている。地図を見ると、その場所にあたるところは、Eanach Dhúin とも書いてある。ジョーの語りによると、アナハ・クアンを出た一行27人は市のたつゴールウェーに向かっていた。舟には四、五組のカップルがのっていた。翌日、アナハ・クアンに帰れば結婚する人たちである。ゴールウェーの市で羊を売って嫁入り道具を買うつもりで、19頭の羊ものっていた。アナハ・クアンからゴールウェーまではおだやかな湖をとおってわずか 2.5 km の距離で、一行はゴールウェーの川にさしかかった。そのあたりには、鮭をとるためのやながあった。そのとき、一頭の羊が足で舟底に穴をあけてしまった。ある男がとっさに羊毛製の上着 (báinín) をぬいで、その穴に押しこもうとしたが、底板がぬけてしまい、27人中、11人の男と8人の女が溺れた。1825年頃におこった実話という。この悲しい話をもとにラフトゥリーが歌をつくった。旋律は英語の歌 'Please Restore My Baby' と非常によく似ている。音階は [1 2 3 4 5 7] の6音だが、3度と7度とが半音ひくい。レからはじまるドリアンから6度を抜いたような音階だ(レミファソラド)。音域は主音の下の [7] から上の [2] まで、つまり1オクターヴと2音。旋律上は奇数行のおわりで最高音まであがるグレース・ノートと、偶数行のおわりのほうであらわれる最低音の短7度の音が非常に効いていて、ダイナミックな美しさがある。一連は8行からなり、第四連まである。

 まず、第一連の1行目。
Má fhaighimse sláinte is fada a bhéas tráchtadh
7-- 1----------- 2-- 3 4 3 2 1-- 2 1----- 7------- 7----- 1 2
If I get health it's long that will be a discussion
私が元気でいるかぎり、ながく語りつがれるだろう

 短7度からはじまり、短3度をふくむターンがあって、1オクターヴのジャンプがあり、最高音へのグレース・ノートがある、うつくしいが 大変にむずかしい行。

 2行目。
Ar an méid a' báthadh-- as------ Eanach Cuain,
1-- 2-- 1 7 5 4- 4 5 7 5 4 5 4 5 4 2 1- 1------ 7
On the number of the drowning out of Eanach Cuain,
アナハ・クアンを出発して溺れた人の数について、

 ロールとターンが連続し、この行もむずかしい。1-2行とも、最低音と最高音とがともに出現し、これから結婚しようとしていた人々が、いわば幸福の絶頂から、事故により溺死するという最悪の結末にまで一瞬にいたったことを暗示しているようでもある。この歌(詩と旋律)を作ったとされるラフトゥリーの才がきらめく。

 3行目。
Mo thrua amárach gach athair 's máthair
7--- 1------ 2 3 4 3 2- 1------ 2 1----- 7 7-- 1 2
My pity [= alas] tomorrow of every father and mother
あすも憐れみをおぼえるだろう、すべての父母、

 4行目。
Bean 's- páiste------ a----- ag sileadh súl.
7 1 7- 5 4 4 5 7 5 4 5 5 4 5 4 2-- 1 1 7---- 1
Woman and child who are trickling eyes [= shedding tears].
すべての女子供、涙をながすこの人たちに対して。

 5行目。
A Ri na nGrás--ta, a cheap neamh 's Párthas
4- 5- 7- 1 2 1 7 1 2- 1- 2------- 1 7------ 5- 7- 1 2
King of the Graces, who fashioned a heaven and a Paradise
天と楽園をつくりたまいし、めぐみふかい王よ、

 この行はこの連のなかでおそらくもっともむずかしいが、nGrásta のところは装飾音なしで [1 2] とすることもできる。天の神にむかって歌うからだろうか、連のなかで唯一、行のなかほどで最高音がでてくる独特の旋律である。

 6行目。
Nár bheag an tábhachtach- dúinn beirt nó triúr?
1---- 1 7 5-- 4-- 5 7 5 4 5 4 5 4 2------- 1----- 1-- 7
Wouldn't be small the important [= a small importance] to us two or three persons?
二、三人の人でも、われわれにとって大事でしょう。

 Nár bheag an tábhachtach beirt nó triúr? の構文は、形式上は copula をもちいた強調構文で、形容詞 beag が強調されており、「二人とか三人という人は、重要性が小さいということはないだろう?」という意味になる。この名詞 tábhachtach は形は形容詞であるが、そのように解したのは、beag-tábhachtach という「あまり大したことない、つまらない」 (of small account) という成句的表現が分解されて、形式上<形容詞+定冠詞+名詞>の形へと変形されたと考えたからである。したがって、全体としては、Nár bheag-tábhachtach beirt nó triúr? の意と解する。tábhachtach はロールとターンが連続し、そのターンのおわりから通常下がる部分でつぎの語になるので、tábhachtach dúinn 全体で息のぬけないむずかしいフレーズになる。


 7行目。
Ach lá chomh breá leis gan gaoth ná báisteach,
7---- 1-- 2-------- 3 4 3 2--- 1---- 2 1---- 7-- 7---- 1 2
But a day so fine without wind or rain,
けれど、風も雨もない、こんな晴れた日に、

 第一連をしめくくる8行目。
Lán- an- bhái--d acu--- ag scuabadh ar siúl!
7 1 7 5 4 5 7 5 4 5- 4 5 4 2-- 1---- 1------ 7- 1
A full of the boat [= a boatful] of them to sweep away!
舟一杯の人々を一度に溺れさせるとは。

 Lánbháid との、ながい /a:/ のひびきあいが、一挙に大勢の人をうしなった悲しみを増幅させる。

 つぎに、第二連の1行目。 [音程分析等は未完]
Ansiúd Dé hAoine dá gcluinfeá an caoineadh
There Friday if you would hear the keen
そこで金曜日に嘆きの声を、あなたが耳にしたなら

 2行目。
Ag tíocht gach taobh is greadadh bos.
Coming every side and a beating of palms.
[その声が] あらゆる方向からやってくるのを、また掌をうつ音を。

 3行目。
An lá tar oíche, trom tuirseach cloíte,
The day overnight, oppressed tired exhausted,
夜を徹してのちの一日、打ちひしがれ、つかれ、くたくたになり、

 4行目。
Ní rabh ceo le déanamh ach ag síneadh corp.
There was not anything to do but to stretch a body.
からだを伸ばすほか、何もすることがなかった。

 5行目。
A Dhia 's a Chríost, a d'fhulaing an íobairt,
God and Christ, who suffered the sacrifice,
神よ、いけにえとなられたキリストよ、

 6行目。
Is tú a cheannaigh go fírinneach an bocht 's an nocht.
It is you who redeemed truly the poor and the naked.
貧しい者や裸の者をあがなってくださったのは御身です。

 7行目。
Go Párthas Naofa go dtugair saor leat
To Paradise Holy that you may bring free with you
聖なる楽園へと、御身が連れて行かれんことを

 ここで tugairtobhair の二人称単数の接続法現在形。

 8行目。
Gach créatur díobh dhar thit faoin lot.
Every creature of them for whom fell the damage.
災難がおそった彼らすべてを。

 ここで faoinfaoi 'n [= about him the] と解する。

もっと知りたい人へ | Index

とりあえず、シャン・ノースの世界にどっぷりつかりたい人には Oireachtas na Gaeilge の世界にふれることをすすめる。さいわいにも、インターネット・ラジオで数時間分の録音を聞くことができる。
http://www.rte.ie/radio/av_rnag.html
 ここの一覧のなかから、Oireachtas na Gaeilge 2001 - Comórtas Sean-Nós na mBan agus na bhFear ó November 02 か、Oireachtas na Gaeilge 2001 - Comórtas Chorn Uí Riada ó November 03 をえらぶ。

きちんと勉強したい場合は、2004年に出るはずの教則 CD-ROM をすすめる。Sean Nós Singing Tutorial というタイトル。
http://madfortrad.com/
 Lillis Ó Laoire というドネゴール出身の歌い手にして研究家が担当する。(6)

ジョー・ヒーニーのような歌いかただけでなく、全体としてバランスのとれた見方をするためには、米国人の Virginia Blankenhorn のつぎの頁は参考になる。
http://speedlink.net/~cara/cce/classes/trad_sing_blankenhorn_.html
 伝統歌の大部分は今日にいたるまで、出版されていないことが書いてある。


文責: 菱川 英一 Copyright © 2003 Eiichi Hishikawa (except where noted)


(1) シャン・ノースという語について:アイルランド語ではこの複合語は sean-nós とつづる。このとき、間のハイフンを略したり、スペースで置換えて sean nós などと書いてはいけない。アイルランド語ではハイフン (an fleiscín) をどのような場合につけるかが文法で決められており、これもつける場合に該当する (Graiméar Gaeilge na Bráithre Críostaí, 3.6)。つぎに意味であるが、sean は「ふるい」という意味の形容詞で、ここでは、つぎの語を修飾する接頭辞として使われている。このような接頭辞のほうがうしろの要素より強く発音され、主強勢がくる。うしろの成分は副強勢をとる。なお、アイルランド語は語順による分類では NA 型 (名詞−形容詞) に属し、形容詞はふつう、名詞のあとにくる。うしろの成分の nós は一般には「スタイル」の意味に解され、あたかも様式に近い意味でとらえられることがあるが、むしろ、「慣習、風習、習慣」という意味での「やりかた」の意に解したほうがよい。なぜなら、nós をほかのアイルランド語で説明すると、gnásslí の意となるからだ。土地の古老などに教わるときに、「それはこうやるもんじゃよ」と言われたときの「やりかた」に近いだろう。つまり、いいかえれば、伝統そのものである。芸術様式を想像するのとは、方向がちがう。だから、かりに、英語に訳すとすれば、フランク・ハート (Frank Harte) がいうように、"old way" というのがよい。最後に発音であるが、「シャン・ノース」「シャノース」という発音が Foclóir Poca には出ているが、これはおそらく、北のあたりの発音である。コナマラでは短い /a/ の音が存在せず、sean はこの場合は「シャーン」と発音される。nós はコナマラでは「ヌース」という発音なので、結局、「シャーン・ヌース」となる。
 以上をまとめると、つづりは sean-nós (sean nós, seannós)。前のほうを強く発音する。
 発音は「シャン・ノース」「シャノース」「シャーン・ヌース」のどれか(シャーン・ノス)。
 ところで、nós をもちいた諺に Ná déan nós agus ná bris nós. (Neither make nor break a custom.) というのがある。「習慣は作ってもいけないし変えてもいけない。」さて、どういう意味と思いますか。

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(2) Dr Sean Williams について:博士の教育研究内容についてはこちらを参照。

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(3) Joe Heaney (Seosamh Ó hÉanaí) について:Liam Mac Con Iomaire によるジョー・ヒーニーに関するアイルランド語の本が2004年ごろ出る予定。

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(4) 鼻音について:強勢のある母音の場合、一般的には、鼻音化は m, mh, n, ng が前後(どちらか)にある場合におきる。(Graiméar Gaeilge na Bráithre Críostaí, 1.9)

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(5) 三人のマリアについて:Angela Partridge による Caoineadh na dTrí Muire (1983) というアイルランド語で書かれた研究書がある。

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(6) Dr Lillis Ó Laoire について:博士の研究活動についてはこちらを参照。博士の主催する研究所では、春に Lá na nAmhrán の催しをおこなう。なお、トーリー島の歌の伝承に関心のある向きは、博士の近著(CD 附き) Ar Chreag i Lár na Farraige: Amhráin agus Amhránaithe i dToraigh (Cló Iar-Chonnachta, 2002) が有益であろう。

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Leasaithe: 6 Meatheamh 2009