学生時代に信州の農村調査に参加したのが機縁となって、25年も日本の地域社会や地方社会、そのなかの家族の調査・研究に携わってきました。 高度成長末期の時代、バブルといわれた時代、そして高齢化と過疎化の波が押し寄せる現代の地方社会の動向に関心をもってきました。おもな研究としては、日本の家、同族、村落社会の構造や論理を歴史社会学的な視点から解明してきました。同時に、地方社会を中心にして地域社会・家族の現代的な展開も研究しています。地方を訪れ資料を拝見させていただくたびに、日本の地方社会の人的・文化的資源の豊かさを痛感してきました。そこに蓄積されたきた豊かな資源が私達の世代で失われるとすれば、将来の日本社会の大きな禍根になる考えます。
近年は、日本だけでなく、東南アジア、とくにタイ社会に関心を持って研究を進めています。なかでも東北タイ(イサーン)や中部タイが主なフィールドです。この間、短期のフィールドワークのほか、2000年9月から半年間はコーンケーン大学調査開発研究所(タイ国)で、2005年2月から8.5ヶ月間はチュラーロンコン大学政治科学部(タイ国)で、それぞれ研究教育に携わる機会を得ました。タイ語と格闘しながら、タイや東南アジアの地域社会や家族、そして地方社会の過去、現在、そして将来のことに思いをめぐらせています。
日本のはるか南方にあり、異質な存在として捉えられがちな東南アジアですが、予想以上に日本社会と近い存在です。近年、解明されつつある長江文明や百越文化に示されるように、今日の中国南部域を構成している地方は、東南アジア(とくに大陸部)の諸民族や、弥生人(つまり日本人の重要なルーツの1つ)等の故郷だったわけです。つまり日本人の1つの重要なルーツが、今日の東南アジアに暮らす多くの民族のルーツと重なっています。実際、日本と東南アジアは、今日にいたるまでさまざま文化を共有しています。地域社会や家族の仕組みにも相通ずる特質が見られ、東南アジアで調査に携わるたびに驚かされます。
そのような意味で、東南アジア社会の研究では、日本文化の重要な系統と、遠くたどれば祖先を共有する人々が、現在東南アジアと呼ばれる地理的領域に長い時を経て移動・定着し、どのような社会や文化を創造したのかという視点から向きあう必要があるのではないでしょうか。近代以降の日本社会は自らの歴史的文化的な立脚点を忘れがちですが、21世紀におけるアジアや東南アジアの社会経済的発展のなかで、日本社会は否応なく自己認識の再編を迫られることになるでしょう。
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