活動内容

2007年 神戸大学文学部海港都市研究センターによる「資料収集・研究交流会」参加学生レポート


倉菜々(東洋史/中山大学・張伝宇氏の資料収集補助)

 若く、未熟な研究者が海外で文献を収集することは往々容易ならぬことを私は実体験を通して知っている。
 思い返せば、4年前中国の広州に留学をしていた私は、図書館の場所や利用手続き、資料の検索、読解と取捨選択、あらゆることに戸惑った。特に困ったことは、大学の図書館から市や省の図書館までいずれも利用証はデポジット制で、さらに中国人と外国人では値段が大きく違うということだ。私は、図書館で複写以外にお金が必要だとは想像もしていなかったので、請求された金額を持っておらず、その日は利用を諦めざるを得なかった。一緒にきてくれた中国人の友人には悪いことをしたと思う。その友人も外国人の利用に関しては何も知らなかったようだ。
 ところで、この度海港都市研究センターが行ったプログラムで、私は思い出の地、広州市から招聘された中山大学の修士1年生、張さんの文献収集活動をサポートした。自分の経験から、張さんには思い通りの文献収集をしてもらおうと考えていたが、そう簡単にはいかないものである。
 当初、私は彼が事前に送ってきた文献リストに若干の不安を感じていた。挙げられている文献は彼の研究にとって有用なものなのか、私の目には疑問に映っていたためである。これに対しては、彼と研究テーマの絞込み及び、文献の再検索が必要だろうと思い、活動日数が限られる中ですぐにでも収集活動に走りたい状況で私たちは出遅れてしまうのではないか、とひとしきり心配をした。しかし、これについては、実際の活動の中でテーマが定まってゆき、リストにとらわれずに、また、収集先も図書館や研究室に限ることなく、柔軟によい資料を手に入れる活動ができた。少しずつ研究が具体的になってゆく過程では、私も彼のテーマに対してより興味を持つことができ、共に活動を楽しめた。
 意外な問題は複写のほうにあって、彼はこれが生まれてはじめてのコピー機使用体験だった。
 私も全てを代わりに行ってあげるわけにはゆかず、時間が予想以上にかかったり、何度試してもうまくコピーがとれない等、彼はこの点でずいぶんと苦労したと思う。
 さらに、そのようにして集めた文献のコピーだが、研究室にひたすら溜め込んでいたため、活動最終日になって、さて、どうやって持って帰ろうか、という話になった。少しずつファイリングをしてホテルに運んでおけば良かったのだが、恥ずかしながら私はまったく気がつかなかった。
 結局、至らない点が多々あり、張さんのニーズを完璧に満たすことはできなかったが、このプログラムを通して、以前自分が中国へ留学した際にお世話になった仲間への感謝の気持ちが呼び起こされた。張さんへのサポートが中国の人々へのお礼の一つの形になってくれるだろうか。今回彼が集めた文献が、日中両国での研究に大いに役立ってくれることを期待したい。

このページのトップへ戻る 資料収集・研究交流会のトップに戻る


金菊花(西洋史/中国海洋大学・趙月超氏の資料収集補助)

 今回プログラムの参加は、私にとって大変有意義だったと思われます。とても新鮮で、いい経験になりました。こんな機会を与えてくださいました先生方に感謝しています。
   一週間のスケジュールは以下のようでした。2月5日は神戸大学の人間科学図書館・社会科学系図書館に、2月6日は神戸大学の人文科学図書館・国際文化学図書館と神戸市立中央図書館に、2月8日は京都大学の附属図書館・文学研究科図書館・経済学研究科経済学部図書室に行きました。他の図書館の所蔵資料は学外者には閲覧や複写が難しかったので、神戸大学人文科学図書館で現物貸借の手続きをとりました。2月9日の午前は神戸大学の海事科学分館および神戸市立中央図書館の資料のコピーをしました。とても充実した一週間を送りました。 私が資料収集の補助を担当した中国海洋大学の趙月超さんは、日本で借りたい資料を事前に知らせてくれました。そのリストに挙がっていた43冊の中で、彼の研究課題と関わりが少ないと思う資料と他大学の借りられない資料を除いた29冊の本を一週間で借り、コピーすることができました。かなりの数にのぼる資料なので、今回の日本での資料収集は趙さんにとってこれからも意義ある参考文献になると考えられます。
 今回手伝った趙さんと一緒に京都大学へ行くことができたことも、本当によい体験になりました。趙さんの借りたい本は京都大学の所蔵資料の割合がかなりありましたので、最初は少し心配でしたが、無事順調に借りることができました。京都大学の附属図書館が印象的だったのですが、図書館に入るのにも、必ず学生証でスキャンしなければならなかったので、その厳しさと規模に驚きました。そして、学外の人は必ず紹介状が必要でした。海港都市研究センターのスタッフの方々による事前の用意があったからこそ、京都大学の図書館に行くことが可能でした。これに対して趙さんも深い感謝の気持ちでいっぱいだと言いました。私自身も本当にその通りだと思われます。
 今回のプログラムを通じて各国からいらっしゃいました学生と先生方の皆様の語学の才能に驚き、自分ももっと頑張りたいという意欲ができました。これからの勉強と留学生生活に励みになります。
 そして、中国・韓国・台湾・日本の歴史が共に発展していくことに対しても認識を深めることができました。これらの国は、もっとお互いの学術的な意見交換と交流が必要だと強く感じられました。一つの研究課題は、やはり今回のようなさまざまな機会を通じて、そして多くの本をもとに勉強を進めるべきで、それこそ発展性のある研究が可能になると思われます。今回のプログラムは若手研究者にとってもとても役に立ったと思いますし、手伝った私のような学生にも勉強と交流のよい機会だったと思われます。

このページのトップへ戻る 資料収集・研究交流会のトップに戻る


前田結城(日本史/台湾大学・陳羿秀氏の資料収集補助)

 陳羿秀氏は「明末清初と江戸前期における遊郭文化について」というテーマを掲げ、資料は「明末に長崎を訪れた中国人の活動や中国へきた日本人の活動」を中心に収集された。私の一週間の活動は、資料の複写の手伝いや大阪府立中央図書館、神戸松蔭女子大学等への移動の随伴、といったものが主であり、与えられた仕事をこなしていったに過ぎないが、それなりに勉強になることも多くあった。以下、今回の資料収集作業で特筆すべきことを述べていきたいと思う。
(1)収集作業は初日(全スケジュールの中では2日目、2月5日月曜日)で8割方を終えるというハイペースであった。陳氏がひたすら資料を選別し、私がひたすら資料をコピーするという役割分担がうまく機能した結果であった。
(2)近世日本の遊郭文化を理解するにあたって、陳氏は日本文学専攻の立場から、私は日本史学専攻の立場からそれぞれ意見交換を行った。陳氏は当初、『延宝版長崎土産』(島原金捨著、長崎文献社、1976年)や『長崎名勝図絵』(饒田喩義編述、打橋竹雲図画、長崎文献社、1974年)など、近世長崎の風俗、描写に関する資料に特に興味を持たれていた。対して私は、遊郭社会に関する日本近世史の論文を読むことを推奨した。その理由の第一は、陳氏と意見交換をしているうちに、台湾では日本史学なる分野が極めて立ち遅れていることが判明したからである。陳氏からしてみれば押しつけがましかったかもしれないが、これまで日本史学が遊郭社会、海港都市、性などをいかに論じてきたかについて、陳氏を通じて台湾の研究者・学生にも知って欲しいという願望があった。
 第二は、上掲の資料は、「来訪者のまなざし」から近世長崎を描いたものであり、換言すれば外見的かつ遊郭社会のステレオタイプしか理解できないように思われたからである。遊郭社会の人々がいかにして生き延びようとしたか、また都市社会の中で遊郭がいかに位置付けられるのかなどの精緻かつ構造的な分析を読んでもらい、氏の修論に反映させるか否かは別として、その華美さ・軽薄さに潜む人々のシビアな日常に配慮してもらいたかったからである。
 特筆すべきこととしては以上の2点であるが、この他にも非公式で行われる交流会(晩餐会?)や歓迎・打ち上げ懇親会では、台湾・中国・韓国から来られた方々とのアカデミックな会話をすることができた(むろん、他愛のない会話も多かったが)。韓国における文化人類学界の現状や、中国における歴史教育、とりわけ対日関係史に関する教育のされ方など、種々の知識を交換した。いちいち内容を詳述しないが、ここでの会話は今後の私のアジア認識に少なからざる影響を及ぼすであろう。
 今回の参加者の皆さんが充実した研究成果をあげられるよう祈る次第である。

このページのトップへ戻る 資料収集・研究交流会のトップに戻る


金貞蘭(社会学/韓国海洋大学校・金潤煥氏の資料収集補助)

 2007年2月4日から10日まで行われた開港都市研究センターによる「資料収集・研究交流会」に手伝いの学生として参加させていただいた。去年は私自身がこのプログラムに資料収集のため応募し、資料調査をおこなったが、今年は応募者の手伝いとして参加したのである。
 今回のプログラムには5人の応募者が参加し、私は韓国海洋大学校からきた金潤煥さんの手伝いを務めさせていただいた。金さんのテーマは「1945年から1965年までの釜山と日本の関係」である。1945年から1965年までは 韓国と日本との公的な国交は断絶していた。国交が断絶していた20年間にわたって行われていた両国の交流を釜山というフィールドからたどってみることが金さんの研究の目的であるといえよう。
 金さんが収集した資料は時期別に戦前と戦後に分けることができる。

(1)開港から1945年以前の資料

  1. 『新聞雑誌切抜張込帳:抜粋帖』春陽堂、1899-
  2. 名古屋経済会編『海運ニ關スル調査』名古屋経済会、1917
  3. 3. 広井勇『日本築港史』丸善、1927
  4. 朝鮮総督府鉄道局庶務課『朝鮮鉄道論纂』1-2、朝鮮総督府鉄道局、1930

(2)1945年から1965年までの釜山と日本関係

  1. 森田芳夫・長田かな子『南朝鮮地域の引揚と日本人世話会の活動』(『朝鮮終戦の記録』資料篇2)巌南堂書店、1980
  2. 松本邦彦訳『外国人の取り扱い』(『GHQ日本占領史』16)日本図書センター、1996
  3. 西成田豊『在日朝鮮人の「世界」と「帝国」国家』東京大学出版会、1997
  4. 岡部史信・藤田尚則共訳『外国人財産の管理』(『GHQ日本占領史』26)日本図書センター、1998
  5. 姜徹『在日朝鮮韓国人史総合年表 : 在日同胞120年史』雄山閣、2002

 戦前の資料には開港期から植民地時代にかけて釜山の築港や鉄道の敷設、海運に関する資料などが収集された。その中で、龍谷大学で収集した『新聞雑誌切抜張込帳:抜粋帖』は、開港期から1910年代後半までの釜山の築港や埋め立てなどを集中的にスクラップしたものである。この資料は私が去年参加した時、20冊の中で12冊分を閲覧し、必要な資料を収集したものでもある。 金潤煥さんは残りの8冊分から必要な資料を収集した。
 また戦後の資料としては朝鮮半島から引き上げられた人々の記録やGHQの外国人政策に関する資料などが収集できた。敗戦後、朝鮮半島(特に釜山港)から日本に渡っていく多くの日本人の生生しい記録を通じて、当時の状況を鮮明に描く出すことができると思われる。また、本国に帰れず、日本に残った在日朝鮮人の記録やGHQの占領期における在日に対する制度の変化などを通じて、現在まで続いている在日の問題の根源を把握することができるといえよう。
 私の研究テーマも開港期における釜山の都市構造の変動であるため、今回の資料調査への参加は非常にいい機会であった。資料収集の仕方がまだまだ不十分なものであって、研究に困っていたところ、金さんと一緒に資料を探しながら、私にも大変貴重な資料を見つけることができたのである。今回のプログラムに参加して得られたものを私自身の研究にも役立てられるように努力したい。
 最後に、今回のプログラムに参加させてくださった開港都市研究センターの先生方々や日本財団にも感謝の言葉を申し上げたい。

このページのトップへ戻る 資料収集・研究交流会のトップに戻る


森元まゆみ(東洋史/木浦大学校・李京兒氏の資料収集補助)

 今回、海港都市研究センターが主催しました研究交流会に、神戸大学側のスタッフとして参加させて頂きました。私がお手伝いをさせて頂いたのは、韓国の木浦大学校からいらした이경아(イ・キョンア)さんでした。李さんは主に、日本の漁村に関する資料を探していたため、神戸大学の社会科学系図書館・国際文化学図書館・人文科学図書館に所蔵されている資料を中心に集めました。李さんは日本語がほとんど分からない状態でしたので、資料収集の際は、私が資料を探し出し、李さんは探し出した資料の内容を漢字から読み取る、という形で進めていきました。さらに、書籍の最後にある「参考文献」の箇所を熱心に見られていました。資料の内容を私が韓国語に訳すこともありましたが、主に李さんが目を通し、必要な箇所を選ばれていました。
 最初は、李さんは日本語が分からない、ということで資料収集に不安を感じていましたが、実際に始めてみると、同じ「漢字文化圏」であるため、日本語で書かれている内容を大まかではありますが、理解することができたようです。また、私自身もまだ学部生であり、このような資料収集に携わる機会が今までなかったので、今回、お手伝いをさせて頂きながら、学ぶところが非常に多かったです。李さんは、文化人類学を専攻されており、私は史学を専攻しているため、全く違う分野ではありましたが、共に資料を探しながら、「こんな本があったのか」と気づかされることも多く、新たな興味、関心を抱くきっかけとなりました。もちろん、探し出した資料に関しては、私も一緒に目を通しましたので、文化人類学の魅力を新たに感じることができました。
 今回の資料収集では、李さんが提示されていた書籍はほとんど集めることができましたが、そこから更に論文集などにまで手が届かなかったのが残念ではありました。もし、私にも文化人類学や漁村に関する知識があったなら、また違う角度から有用な書籍や論文を提示することができたのではないか、と自分の知識の無さ、未熟さを感じました。この反省は、今後の私自身の研究にもしっかり役立てていきたいと思っております。
 私は今回の研究交流会を通して、資料の集め方、調べ方を見直すことができたと共に、韓国からいらした李さんと親密な交流をすることができました。私もまだ、韓国語を100%理解することはできませんでしたが、お互いに「理解しよう、助け合おう」という思いを持ち、互いの言葉に耳を傾けたために、意思疎通の不便さはほとんどありませんでした。資料収集はもちろん、その合間に日本の文化と韓国の文化の異同について話す機会もありましたし、互いの文化を理解する良い機会にもなりました。李さんとの交流によって、私も学部生の時から多くの資料を読み、知識を深めていかなければならないと考えさせられました。また、韓国語をもっと勉強したいとも思いました。韓国語ができるということで、このような貴重な機会を頂けたので、今後もこのような機会があれば積極的に参加したいと思いますし、私の韓国語にも磨きをかけていきたいと思っています。
 私は、現在中国における韓国人移民の変遷について興味を持っております。特に、韓国側の時代背景などを中心に研究をしたいと思っているので、もし、韓国でこのような資料収集の機会が設けられれば素晴らしいと思いました。今回の研究交流会は、韓国や中国の学生の方々が日本に来て、日本語の貴重な資料に触れる良い機会になったと思います。このような貴重な機会が、互いの国で相互に行われるようになれば、「アジア」という大きな枠組みの中で、互いの研究の発展を促すと共に、相互理解を進められるのではないかと思いました。
 今回は、このような貴重な機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。この経験を活かし、今後の研究に役立てて生きたいと思います。

このページのトップへ戻る 資料収集・研究交流会のトップに戻る