活動内容

2006年 神戸大学文学部海港都市研究センターによる「資料収集・研究交流会」参加報告書


■焦鵬(ショウ・ホウ)

焦鵬写真
  • 所属:中山大学・歴史系(博士課程)
  • 研究テーマ:清代における日中貿易史
  • 資料収集の主眼点:漂着資料および長崎貿易関連資料の収集

1、はじめに

 2006年2月5日から11日までの間、神戸大学に資料収集に行き、収集予定の資料をほぼ手に入れることができた。そのほかに、論文に価値のある資料も得られた。今回の資料収集の収穫は予想以上に多く、満足している。収集した資料は次のように分類できる:

2、漂着資料

 漂着資料はまた二つに細分類できる。一つは漂着資料である。嵐に遭った日本の船人は、中国や朝鮮沿海、東南アジア各地に漂着し、最終的に中国から日本に行く貿易商船に返還された。帰国後、こういった人は中国の見聞録を書いた。そのなかには清朝の官僚から受け取った公式文書なども記録されている。例えば『異国漂流記集』、『日本庶民生活史料集成第五』、『海表叢書』などには、こういう記録が多く所収されている。
 もう一つは、中国商船が日本や朝鮮に漂着した際、その漂着民の処理のために残された日本・朝鮮方面の実録や、商人の筆談で残された文字記録である。例えば、松浦章氏による『関西大学東西学術研究所紀要』誌上の一連の論文には、こういった資料の全文が記録されていた。例えば『問情別単』や『飄人問答』などがそれである。

3、日本側の長崎貿易に関する記録

 こういった資料も二つに分類することできる。一つは幕府の長崎貿易の政策や法令に関する日本の公式記録で、その中に漂着民についての記載も見られる。例えば『通航一覧続輯』、『長崎実録大成』、『続長崎実録大成』等である。
 もう一つは、当時の日本の文筆家によって書かれた、長崎貿易の情況に関する個人的な記録である。これらは、公式資料と照らし合わせることによって、不足を補うことができる。例えば『瓊浦偶筆』や『清俗紀聞』などがそれにあたる。

4、先行研究

 こういった資料は先学の研究の結晶であり、今後学術の発展の基礎でもある。先人の研究を大事にすることこそ、研究を進められる道であると思う。例えば、矢野仁一「支那ノ記録から見た長崎貿易(上)(中)(下)」、岩生成一「近世日支貿易に関する数量的考察」、荒居英次『近世海産物貿易史の研究 中国向け輸出貿易と海産物』、香阪昌紀「清代前期の関差弁銅制及び商人弁銅制について」、任鴻章『近世日本と日中貿易』、松浦章『清代上海沙船航運業史の研究』、任鴻章『近世日本と日中貿易』(以上、年代順)などが今回、その全体あるいは一部を入手した主な先行研究である。

5、総括

 私の論文は清朝乍浦港についての研究である。乍浦港−長崎の航路といえば、当時最も重要かつ往来の頻繁な航路である。日本側の記録は私の研究にとって不可欠なものである。こういった資料を利用して中国側の資料との比較対照を行い、かつ中国・日本・朝鮮三者の記載の総合的な運用を通じて、乍浦という海港都市を基点とした当時の日中貿易や東アジア地域の貿易情況に関する全面的で深い認識が得られることを目指している。また歴史人類学の方法から漂着資料やそのほかの史料を解読して、乍浦港の商人活動の概況を研究することによって、清朝海上貿易の新たな認識を得ることを望んでいる。
 今回は感慨深い日本行になった。海港都市研究センターが今回の機会を提供してくれたおかげで、私は神戸大学で私の研究にとって欠かせない資料を収集することができた。研究に必要な日本側の原文資料は、中国ではほんの僅かな一部しか得られないことが多い。だが、今回の企画のおかげで、日本に来て第一次資料を収集することができた。もしこうした資料収集ができなければ、私は論文テーマを変えるか、さもなければ間接資料を使用するしかないという羽目に陥ってしまったであろう。資料を見られないということが、論文の質・量両面において悪い影響を与えることは言うまでもない。
 今回のような企画はかなり有意義である。しかも単なる資料収集ではなく、有効な方法や大切な経験を学ぶこともできた。さらに各校の学生間の交流も促進させ、国際協力の可能性も広がっていったと思う。今後、今回のような企画を行うことにより、学校間の交流を推進し、学術の発展を進めることを願っている。
 最後に、海港都市研究センターおよび日本財団の皆様に心から感謝したい。

調査・収集資料(年代順)

  1. 矢野仁一「支那ノ記録から見た長崎貿易(上)(中)(下)」『東亜経済研究』9-1.9-2.9-3、1925
  2. 『海表叢書』平楽寺書店、1944
  3. 西川如見『日本水土考・水土解弁・増補華夷通商考』飯島忠夫・西川忠幸校訂、岩波書店、1944
  4. 岩生成一「近世日支貿易に関する数量的考察」『史学雑誌』62-11、1953
  5. 荒川秀俊『異国漂着記集』吉川弘文館、1962
  6. 『長崎市史 通交貿易編 東洋諸国部』清文堂出版、1967
  7. 『通航一覧続輯』清文堂、1969
  8. 『日本庶民生活史料集成第五 漂流』三一書房、1968
  9. 片桐一男校訂『鎖国時代対外応接関係史料』近藤出版社、1972
  10. 『長崎実録大成正編』(長崎文献叢書)、長崎文献社、1973
  11. 『続長崎実録大成』(長崎志続編)、長崎文献社、1974
  12. 荒居英次『近世海産物貿易史の研究 中国向け輸出貿易と海産物』吉川弘文館、1975
  13. 香阪昌紀「清代前期の関差弁銅制及び商人弁銅制について」『東北学院大学論集. 歴史学・地理学』11、1981
  14. 松浦章「李朝時代における漂着中国船の一資料--顕宗八年(一六六七)の明船漂着と「漂人問答」を中心に」『関西大学東西学術研究所紀要』15、1982
  15. 松浦章「十八〜十九世紀における南西諸島漂着中国帆船より見た清代航運業の一側面」『関西大学東西学術研究所紀要』16、1983
  16. 松浦章「李朝漂着中国帆船の「問情別単」について」『関西大学東西学術研究所紀要』17、1984
  17. 松浦章「李朝漂着中国帆船の「問情別単」について(下)」『関西大学東西学術研究所紀要』18、1985
  18. 松浦章「清代沿海商船の紀州漂着について」『関西大学東西学術研究所紀要』20、1987
  19. 任鴻章『近世日本と日中貿易』六興出版、1988
  20. 松浦章「清代客商と遠隔地商業―乾隆14年の海難資料を中心に」『関西大学東西学術研究所紀要』22、1989
  21. 松浦章編『清代上海沙船航運業史の研究』関西大学東西学術研究所、2004

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■廖文瑞(リョウ・ブンズイ)

廖文瑞写真
  • 所属:台湾大学・日本文学研究所(修士課程)
  • 研究テーマ:日本文学と映画の関係性
  • 資料収集の主眼点:村上春樹の作品における「海港イメージ」の探求

1、はじめに

 外国人作家を研究する場合、地域と作家との関係に直面するとなかなか実感がわかない。なぜかというと、文学を研究するには、できるなら実際に作家と関連のある場所へ行ってみるのが大切だし、作家が感触したものを自分の目で感じ取るのも肝心であるからだ。
 今回、神戸大学海港都市研究センターのプログラムに当たって、村上春樹が育った神戸へ実際に来ることができ、自分の手で作家の出身地に関する資料を収集できたのは、日本文学を勉強している私にとって、非常に有意義で、ありがたい経験だった。

2、資料収集

 一週間の間、資料収集の活動は主に神戸大学と大阪府立図書館(中央、中ノ島)で行った。研究テーマは「村上春樹の作品における海港(神戸)のイメージ」なので、まず村上の作品についての評論をできるだけ手に入れた。村上の作品といっても、今回は初期の長編三部作(『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』)に重点を置くようにした。初期三部作は、村上の作品における故郷の原型がまだ推移していない(あるいは推移し始める)作品なので、「故郷」が村上に与える影響や「故郷の構図」が比較的はっきりしていて、把握しやすいと思う。集めた資料を少し紹介すると、渡辺一民は日本全土の都市化現象を検証しながら、村上の「故郷」を主題とした作品を論じている(「風と夢と故郷―村上春樹をめぐって」、『群像 日本の作家26村上春樹』、小学館、1997)。また村上知彦は村上の作品に出た神戸のイメージを自分の知っている神戸と結びつけ、その実際の場所を読者に紹介している(「まだ死ねないでいる「神戸」のために」、『村上春樹スタディーズ05』、若草書房、1999)。これらの論文は非常に新鮮味を帯びていて、大変いい示唆と研究の方向を与えてくれた。
 それから、神戸大学の人文科学図書館や国際文化学図書館などで、『神戸の遺跡と文学』(日東館、1970)、『ふるさと文学館―兵庫』(ぎょうせい、1994)や『描かれた芦屋の風景』(芦屋市文化振興財団、1999)などの資料を閲覧した。陳舜臣や石川達三など、神戸という場所に対して、同じようにあつい感情をもっている作家たちの作品を村上の作品と比較してみれば、地域と作家との関係性がもっとはっきりしてくると思う。そして、地域発展の記録を検証すれば、海岸の推移や埋立地の出現が村上に与えた心理変化もより一層理解できるので、これらの資料は非常に大切で、実質的な材料だと思う。
 そのほかに、『落地生根―神戸華僑と神阪中華会館の百年』(研文出版、2000)や『神戸と華僑』(神戸新聞総合出版センター、2004)など、神戸での中国人の活動についての資料も集めた。さまざまな異文化が潜んでいる神戸で生活してきた中国人と村上との関連を検証するのに、役に立つ資料である。

3、おわりに

 村上の作品に漂っている「ノスタルジー」と村上の「故郷の転換」が研究のポイントなので、集めた資料のほかに、神戸都市の人文や環境変化についての資料をもっと詳しく調べたかったが、時間の関係上、全部は入手できなかった。しかし、今回の経験をひとつの踏み台として、台湾に戻ったら、集めた資料を生かし、作家と地域との結び付きに重点を置き、作家研究を続けるべく、頑張りたいと思う。
 最後に、この機会を与えてくださった日本財団、神戸大学文学部海港都市研究センターの諸先生方、今回のプログラムに協力してくださった皆様に心深く感謝の意を表したい。

調査・収集資料(年代順)

  1. 池本貞雄『神戸の遺跡と文学』日東館、1970
  2. 文学遺跡探訪会編 『文学のふるさと:神戸とその周辺 』明治書院、1976
  3. P.L.バーガー他『故郷喪失者たち:近代化と日常意識』高山真知子他訳、 新曜社、1985
  4. 今井清人『村上春樹:OFFの感覚』国研出版、1990
  5. 千石英世『アイロンをかける青年 : 村上春樹とアメリカ』彩流社、1991
  6. 笠井潔他『村上春樹をめぐる冒険』河出書房新社、1991
  7. 河野仁昭編 『ふるさと文学館―兵庫』ぎょうせい、1994
  8. 横尾和博『「村上春樹×九〇年代」再生の根拠』第三書館、1994
  9. 渡辺一民「風と夢と故郷―村上春樹をめぐって」『群像 日本の作家26村上春樹』小学館、1997
  10. 木股知史編『村上春樹 日本文学研究論文集成』若草書房1998
  11. イアン・ブルマ『イアン・ブルマの日本探訪 : 村上春樹からヒロシマまで』石井信平訳 、TBSブリタニカ1998
  12. 芦屋市文化振興財団編 『描かれた芦屋の風景』芦屋市文化振興財団、1999
  13. 栗坪良樹他編 『村上春樹スタディーズ 01』若草書房、1999
  14. 井上義夫『村上春樹と日本の「記憶」』新潮社、1999
  15. 中華会館編 『落地生根―神戸華僑と神阪中華会館の百年』研文出版、2000
  16. 浦澄彬『村上春樹を歩く 作品の舞台と暴力の影』彩流社、2000
  17. 山根由美恵「村上春樹「風の歌を聴け」論―物語の構成と〈影〉の存在」『国文学年次別論文集 近代4平成11年』朋文出版、2001
  18. 『村上春樹がわかる』朝日新聞社、2001
  19. 神戸華僑華人研究会『神戸と華僑 この150年の歩み』神戸新聞総合出版センター、2004
  20. 今井清人編『村上春樹スタディーズ2000-2004』若草書房、2005
  21. 平野栄久「村上春樹初期三部作論」『近現代文学研究の可能性』竹林館、2005

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■金貞蘭(キム・ジョンラン)

金貞蘭写真
  • 所属:韓国海洋大学校・東アジア学科(修士課程)
  • 研究テーマ:近代における海港都市釜山の社会・文化史的研究
  • 資料収集の主眼点:近代における釜山に関する新聞や雑誌の資料収集

1、はじめに

 2006年2月5日から11日まで行われた神戸大学文学部海港都市研究センターによる「資料収集・研究交流会」に参加させていただき、研究に関する資料の収集はもちろん、様々なことを学ぶ機会となった。その内容は以下のとおりである。

2、資料収集

 今回のプログラムに参加して多くの資料収集ができた。この期間、収集した資料の大半は近代期における海港都市釜山に関するものである。特に新聞と雑誌の資料が大部分を占めている。収集した資料のリストは以下に示したとおりである。 現在、私が進めている研究のテーマが近代期における海港都市釜山の社会文化的な変動であるため、このプログラムではこれに合わせた資料収集となった。上記の資料は主に朝鮮の近代化の中で海港都市釜山が如何なる位置に置かれていたか、また帝国日本のコロニアル都市として如何なる性格をもっていたか、という問題と関わるものなどである。韓国ではなかなか手にすることのできない資料であるため、植民地時代の釜山が研究のテーマである韓国の研究者にとっても必要な資料であると思われる。

3、研究テーマとの整合性

 2004年12月から2005年11月まで「韓国学術振興財団」の助成を受け遂行された「植民地時代の関釜連絡船が釜山に及ぼした影響に関する共同研究」に私は研究補助員として参加した。この研究は現在も進めているので、上記の資料を検討することで研究の内容を豊富にさせることができよう。
 また私の修士論文のテーマは「植民地期における釜山の'癩病'に対する政策」である。この研究の目的は帝国日本のコロニアル都市として釜山が持っていた性格の究明と社会的な構造の変動を総督府の'癩病(患者)'に対する政策から考察することである。今回収集した資料は修士論文で触れることのできなかった部分への補足にも役立つと思われる。
 最後に、私は今後、海港都市間の比較研究を進める計画である。特に注目している地域は釜山と神戸である。この二つの地域は海港都市という共通点を持っているが、一方では様々な相違点もある。上記の資料は二つの都市の性格を究明し、比較する研究に必要である。

4、感想

 今回のプログラムで収めた成果は資料収集だけではない。非常に貴重なことを学ぶことができた。まず、資料の扱い方である。私はこのプログラムに参加して神戸大学の諸先生方から資料の扱い方を学ぶことができた。
 そして地域研究の方法論も学ぶことができた。一つの地域を研究するためには、その地域だけではなく、他の地域にも目を向けなければならない。だがこれまではそのような視角が欠けていた。視野を広げれば広げるほど自分が対象にしている地域のことも鮮明に見えてくることがわかった。
 これ以外にも学んだこと、感じたことはたくさんある。今回のプログラムで収集した資料や様々な経験はこれからの研究に重要な影響を及ぼすと思われる。このような機会を与えてくださった日本財団や神戸大学文学部海港都市研究センターの先生方に心から感謝する。そして今回を通して得たことを活かし、今後の研究にも活用したいと考えている。

調査・収集資料(年代順)

  1. 『新聞雑誌切抜き張込み張:抜粋帖』春陽堂、1899-
  2. 『釜山海陸聯絡設備計劃書』大蔵省臨時建築部、1909.10
  3. 『大阪朝鮮貿易商報』日韓大阪商報社、-1910
  4. 『大阪満鮮貿易商報』大阪朝鮮貿易商報社、1918-
  5. 大阪市社会部調査課編『本市に於ける朝鮮人工場労働者』大阪市社会部調査課、1931
  6. 朝鮮総督府総督官房文書課編『外人の観たる最近の朝鮮』朝鮮総督府、1932

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■魯恵英(ノ・ヘヨン)

魯恵英写真
  • 所属:木浦大学校・日本学協同課程(博士課程)
  • 研究テーマ:太宰治文学と戦後―(戦後)知識人のありかた―
  • 資料収集の主眼点:田中英光と金史良、および関釜連絡船に関する資料収集

1、帰国の飛行機の中で―海、港、私の中に刻まれた韓国人

 一週間で収集した資料をぎっしり収めたスーツケースの重さだけ私の中にはある感懐が込められていた。遠く見える大阪港に視線を送りながら帰国の飛行機に乗って、それから'海'を渡って韓国へ飛んでいった。海を渡るということ、それは私にどういう意味を与えるだろうか。それは言うまでもなく帰国するという経路で自ずから感じられてしまう私に刻まれた'韓国人'というIdentityを確認する過程であった。私は今回の資料調査のテーマを決めるに当って'韓国と日本の近代は世界(朝鮮、日本、その他)に向かって開かれた海がお互いのコミュニケーションの経路として展開された'ということに着目した。それは'海を渡っている'自己経験により体得したのだろうか。
'国家'と'国民'の概念の喚起空間として海を捉えてみると海とその関門である'港'の意味は明瞭に浮き彫りになってくる。日本近代文学でも港を媒介として現れる'外国'のイメージはよく読み取れる。当時の人々は港を境界として国家という観念を認識したのだ。そこから思い付いたのはその越境の空間であった'海'を渡った当時の人々の言説に注目することであった。

2、調査の対象―田中英光、金史良、そして関釜連絡船

 今回の調査で主に調べた作家は田中英光と金史良であった。田中英光の作品は神戸大学の人文科学系図書館ですぐ見つけることができた。芳賀書店から出版された『田中英光全集』を基にして彼の作品や批評家達の書いた彼への評論等に接することができた。田中英光は大衆性の強い作品を発表したため主流文学研究者には評価されなかった作家であるが、一般の人々には36歳で太宰治の墓の前で自殺したことで知られている人物である。田中英光が作家として活躍したのは15年間ぐらいであったが、彼はその中で約7年間を日本植民地時代のソウルで過した。田中の韓国経験は彼の作品にも大きな影響を及ぼし、以後彼の作品傾向は当時の所謂国策文学の道を歩むようになる。

 田中英光は1932年ロサンゼルスオリンピックに参加した経験を書いた『オリンプスの果実』で文壇にデビューするが、デビューする以前のソウル滞在の期間は彼にとって習作期でもあり、彼の韓国像を形成する時期でもあった。彼の朝鮮に対する言説は「朝鮮の作家」、「国民文学の一年を語る」等のエッセイ、座談会にも現れていた。特に今回、関心を持って調べようと思ったのは『酔いどれ船』であった。この作品の主な舞台はソウルであるが、田中はこの作品で日本植民地時代の腐敗した権力層とそれに同調する韓国人、そしてそれに抵抗する韓国の独立運動家、その間でスパイとして活動する人たち、それに纏わる男女の恋愛を描いた。特に興味深いのは実在する人物を作品に登場させたことである。ただし、この作品に出てくる境界−大陸への進出の入口であった−としての海、またその経路である港はどのように理解すべきかを考察するのは今後の課題である。

 その他、田中英光に関する資料は神戸大学の国際文化学図書館で手に入れることができた。特に川村湊氏は『<酔いどれ船の青春>』という著書で『酔いどれ船』を再解釈していた。川村氏によると日本植民地時代における末期朝鮮と日本との関わり、朝鮮人と日本人との'交通'はもっとも白熱したそうである。彼は朝鮮人が日本人を見るときの視角も、日本人が朝鮮人を考えるときの観点も、基本的にはこの時期に枠づけられたものであるとも言っている。『酔いどれ船』という小説にインパクトを与えたのは『光の中に』で芥川賞候補となって日本文壇にデビューした在日朝鮮人作家金史良が戦時下日本語で書いた小説『天馬』であった。『天馬』は'玄籠'という小説家を主人公とした風刺的モデル小説でもいえる。植民地知識人の堕落した生活や当時朝鮮で活動していた日本人文学者の卑屈な実態を批判する内容になっている。金史良はこの作品で田中を想起させる人物を登場させ日本帝国主義に賛同する人物として作家田中英光を非難している。
 今回の調査を基に田中、金の二人の作家の関係性に注目しながらお互いへの視線、また彼らの外国経験(植民地としての日本経験、被植民地としての朝鮮経験)がどのように作品で再現してくるのかを今後、考察していきたいと考えている。

 田中英光の『酔いどれ船』にも出ているように日本植民地時代の'釜山―下関'を繋げた'関釜連絡船'は日本植民地時代の暗いイメージを運ぶ場所として認識できる。今回の資料調査で神戸大学の海事科学分館と国際文化学図書館で見つけた『関釜連絡船史』(日本国有鉄道広島鉄道管理局編)、『関門海峡渡船史』(澤只宏著)、『関釜連絡船-海を渡った朝鮮人-』(金賛汀著)等の資料を調べられたのも重要な成果であった。1905年9月から出航した関釜連絡船の運航に伴って山陽鉄道と京釜鉄道の連絡運送が開始された。これにより京城と東京を繋げるラインができ、連絡船の性能もよくなり、移動時間も次第に短縮されたそうだ。関釜連絡船の出航はそれが植民地時代のネガテイブな雰囲気を醸し出す空間であった事実を越えて韓国と日本の間のネットワークの広がりという巨視的な視角を以ってその問題に接近できればと思う。言うまでもなくこれらの文献は'越境'の空間としての海を考える時、その感覚の集約された空間として'港'や'船'を理解するのに重要な資料であるとも思われる。

その他、朝鮮文人協会が刊行した『朝鮮国民文学集-日本植民地文学精選集[朝鮮編]-』という文献も見つけた。これは旧植民地における日本語文学に対する関心が高まっている中、朝鮮本国では「親日文学」として批判されそれ以上の論議の必要もないかのように取り扱われた作品を収めた本である。『日本における朝鮮人の文学の歴史−1945年まで』(任展慧著)や『海を渡った日本語―植民地の「国語」の時間』(川村湊著)、『近代日本文学における朝鮮像』(朴春日著)等の文献も植民地時代の朝鮮人作家の言説とそれに関わる言説を分析する際に重要な資料になると思う。

3、終わりに

 文学を研究する私にとって今回の資料調査は自分の研究の方法論にも大きな影響を与えた。あるテクストが生まれる歴史的空間と時間、実証資料をたどる作業が文学作品分析においてどれほど重要性をもつかを実感したのであろう。特に今回一緒に資料調査に参加した中国、台湾、韓国の若手研究者たちから学んだことも多かった。今回調べた資料を基にこれから着実に研究を重ねることにより、当時外国を経験した田中英光、金史良等の植民地時代知識人がお互いに交した言説を綿密に検討していきたい。そのことは、植民地時代文学の新しい地平を広げる手がかりをつかむことに繋がるだろうと思う。
 最後に私に資料調査の機会をくださった日本財団および神戸大学文学部海港研究都市センターの方々に感謝の気持ちを伝えたい。

調査・収集資料(年代順)

  1. 『田中英光全集』芳賀書店、1964-1965
  2. 金達寿編『金史良作品集 全』理論社、1972
  3. 朴春日『近代日本文学における朝鮮像』未来社、1972
  4. 日本国有鉄道広島鉄道管理局編『関釜連絡船史』日本国有鉄道広島鉄道管理局、1979
  5. 金賛汀『関釜連絡船-海を渡った朝鮮人-』朝日新聞社、1988
  6. 任展慧『日本における朝鮮人の文学の歴史−1945年まで−』法政大学出版局、1994
  7. 川村湊『海を渡った日本語―植民地の「国語」の時間』青土社、1995
  8. 朝鮮文人協会編『朝鮮国民文学集(日本植民地文学精選集7 朝鮮編1)』ゆまに書房、2000
  9. 川村湊『<酔いどれ船の青春>』インパクト出版社、2000
  10. 澤只宏『関門海峡渡船史』梓書院、2004

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