
ドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724-1804)に、「哲学を学ぶことはできない、哲学することを学びうるだけである」という言葉があります。これによってカントは、哲学とは教科書的に整理された知識を学ぶことではなく、何よりもたえざる思索であることを強調しようとしました。哲学の伝統的なテーマとして、「認識論」や「存在論」、あるいは「価値論」などがありますが、これらの問題にさきだって哲学では、「批判的思考の陶冶」ということが何よりも重視されます。自分で問題を発見しそれを自分の言葉で語ることも大事ですが、しかし自らの主張を批判的に吟味し、それを議論によって正当化するトレーニングも大事です。
このためには、「真理」とは何か、「事実」と「価値」はいかに関係するのか、ものが「ある」とはどういうことか、といった哲学特有の抽象的な問題を考えぬくのもよいでしょう。しかしここではもっと具体的かつ現実的問題に即して考えてみましょう。例えば、脳死状態の出現によって心臓移植が可能になったのは皆さんもよくご存じのはずです。しかし脳死と人の死をすぐさま等しく見るわけには行きません。人の死とは何かという反省が要求されますが、これは医師や法学者にだけではなく、哲学者にも課せられた重要な課題なのです。
また最近の生命科学の発展には驚くべきものがあります。いま私たちには、この生命科学の諸成果を踏まえて、生命圏の一員としての人間の文明的営為について反省し、新しい世界像の可能性を探求することが求められていますが、この課題にはもちろん哲学を学ぶものも参画しなければなりません。環境問題を現場から少し離れ、文明論的に考察することも可能でしょうし、遺伝子医療の持つ意味を哲学的に反省することも必要です。このように私たちの批判的思索の材料になるものは、日々の新聞紙面からも拾いあげることもできるのです。
このように「哲学的思索」とは、普通想像されるように、世間離れした孤独な空間で営まれだけのものではなく(それもまた大いに必要ですが)、私たちが生きている世界の諸問題と直結した状況でも営まれます。社会のなかでの哲学の営みは、カントが強調したことでもありました。そしてこのような思索を通じて、さきに述べた「批判的思考の陶冶」がなされるのです。それにとくに大事なことですが、このような哲学的思索は、社会によって哲学に期待されていることなのです。哲学はこの社会の期待に応えなければなりません。哲学は決して浮世離れした学問ではないのです。
しかし哲学的思索はこのようなテーマにばかり関わっているのではありません。大学の文学部の社会的課題は「文化の創造と継承」にありますが、哲学は先頭に立ってこの使命に参加しなければなりません。洋の東西を問わず、先人の優れた哲学的思索を研究し(これには地道な努力が要求されます)、その現代的可能性を探求し、さらにそれを後代に伝えることは、哲学研究者にとって必須の課題なのです。うえに見たような「真理」や「価値」の問題、あるいは「生」や「死」の問題(これらは哲学的諸問題のほんの一例ですが)も、先人の思索の成果を踏まえてなされなければ、浅薄なものになるでしょう。
このように書くと、哲学はいかにも難しい学問のように思えますが、そうではありません。あなたに求められるのは、知的関心と知的緊張感だけです。原理的・抽象的な思考を厭わない人、自分だけの漠然としたテーマを深く掘りさげてみたい人、あるいは問題意識があまりに多岐に渡り絞りきれない人も、哲学をすることで熱い関心が満たされるに違いありません。
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神戸大学文学部の哲学教室は、1949年に神戸大学文学部の発足と同時に開設されました。これまで教室で活躍された教員には、ヘーゲル研究者としてその名が全国に知られた武市建人教授、マルクス哲学や経済哲学の研究で優れた業績を残された清水正徳教授、デカルト研究やヨーロッパ近世哲学史の研究で名高い井上庄七教授、ヨーロッパ哲学のみならず日本の思想にも精通し、京都の法然院貫主でもあった橋本峰雄教授、哲学のみならず社会学にも通じ緻密なウェーバー研究で博士号をとられた向井守教授、プラトン哲学をはじめとして古代ギリシアの文芸にも深い造詣を示された眞方忠道教授、一般科学哲学の諸問題を論及され科学の思想発展史にも通暁された森匡史教授らがおられます。
現在のスタッフとしては、嘉指信雄教授(ジェイムズを中心とした現代哲学および京都学派を核とする近代日本思想)、松田毅教授(ライプニッツ哲学を中心にした17世紀ヨーロッパ哲学ならびに現象学を軸とした現代哲学)、羽地亮准教授(ウィトゲンシュタインを中心とする現代英米系哲学および工学倫理)、加藤憲治准教授(ベルクソンを中心にしたフランス哲学および生の哲学)、茶谷直人准教授(アリストテレスを中心とした古代ギリシア哲学および生命倫理学)、中真生准教授(レヴィナスを中心としたフランス哲学・倫理学およびジェンダーや身体をめぐる応用倫理学)が名を連ね、それぞれが学界をはじめ各界で活躍しています。スタッフ全員でかなりの思想領域がカバーされているため、学生諸君の多様な関心に対応できるのが大きな特色です。さらに、より一層学生諸君の関心に応えるため、毎年学外より多彩な講師を招き集中講義を行っています。なお各スタッフの詳細なプロフィールについては、教員紹介の項を参照下さい。
教室の特色は伝統的に、何よりも自由闊達の精神、それに旺盛な批判精神にあります。豊富なスタッフのおかげで、卒業論文・修士論文作成の際の個人指導も徹底でき、教室全体には和やかななかにも厳しい雰囲気が漂っています。全員の学生が参加する演習もあり、卒業論文・修士論文作成に大きな効果を発揮しています。なお「哲学懇話会」という学内研究会があり、研究報告会、機関誌『愛知』の定期的刊行、教員・学生の懇親会などを行なっています。
学生諸君は学部で4年間学んだのち、卒業して社会人の道を選択する他に、人文学研究科の博士前期課程でさらに2年間研究を続けることができます。また、将来研究者になろうと思う人は、同研究科の博士後期課程でさらに3年間研究することができます。就職状況は順調であり、これまで民間企業(マスコミ、情報関係、金融、メーカー)に就職した人もいれば、国家・地方公務員、教師(公立・私立)についた人もいます。
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