
「近代日本思想の問題群/現代思想との関連において」
近代日本思想の代表的テキストに基づき、その哲学的特質・現代的意義・問題点を、現代思想との関連も考慮しつつ検討する。(とりわけ、ルソー、ジェイムズ、カント、ハイデッガー、フーコーなどとの関連において、比較思想の観点からの具体的考察を試みる。)
参照テキスト:空海『三教指帰』、道元『正法眼蔵』、親鸞『歎異抄』
(1)中江兆民
参照テキスト:中江兆民『三酔人経綸問答』、フーコー「啓蒙とは何か」
(2)新渡戸稲造
参照テキスト:新渡戸『武士道』、内村『代表的日本人』
(3) 石橋湛山
参照テキスト:西田幾多郎『善の研究』、ジェイムズ『純粋経験の哲学』
参照テキスト:『懺悔道としての哲学』、ホルクハイマー/アドルノ『啓蒙の弁証法』
参照テキスト:オギュスタン・ベルク『風土の日本』
参照テキスト:三木清『哲学入門』
参照テキスト:『いきの構造』
・受講者の数を考慮しつつ、一部、演習形式で行う。
「現代哲学における”技術論的展開”―主体・時間・エートスをめぐって―」
人間の生と社会のあり方が科学技術によって大きく変容されつつある現在、哲学の問いの多くは、科学技術を考慮せずには有効に問われ得ない。本演習では、現代における代表的な科学技術哲学者の論考を読みながら、特に主体・時間・エートスをめぐる問題群を科学技術との関連において考察する。(また、フクシマ以降の日本における状況がはらむ問題を、科学技術哲学の観点から具体的に考察する。)
現代哲学における“技術論的展開(テクニカル・ターン)”の先導者の一人アンドリュー・フィーンバークの最新作であるBetween Reason and Experience: Essays in Technology and Modernity (MIT Press, 2010)に収録された論文とともに、ポール・ヴィリリオ『速度と政治―地政学から時政学へ―』、ベルナール・スティグレール『技術と時間-2/方向喪失』(抜粋)などを講読する。
「現代フランス哲学の/への問い(1)―フーコー&ドゥルーズ―」
今学期は、フーコーとドゥルーズの口語体テキスト(インタービューや対話)を原文で読み、両者の思索における中心的な問い、概念、及び問題点と可能性を理解するとともに、フランス語の哲学表現を身につける。
合わせて、特にフーコーの思想に関しては、日本語による関連文献も参照しつつ、日本近代哲学の観点から批判的考察を試みる。(大学院)
以下のテキストを順次精読していく。
・Michel Foucault, L’ethique du souci de soi comme pratique de la liberte(自由の実践としての自己への配慮)
・Gilles Deleuze, Pourparler 1972-1990.
(内容:『アンチ・オイディプス』、『千のプラトー』、『シネマ』、フーコーの思想、哲学とは何か、など)
・ フランス語能力が前提となるが、使用するテキストには、日本語か英語、あるいは両方の翻訳が出版されているので、少なくとも初級程度の能力と意欲があれば受講可能。
参考テキスト
「倫理・政治思想の現在」
現代の代表的な倫理・政治哲学者のインタビュー集(ドイツ語)を読み、倫理・政治哲学における中心的な問い、概念、及び問題点を理解するとともに、ドイツ語の哲学表現を身につける。
合わせて、日本語による関連文献も参照しつつ批判的考察を試みる。(大学院)
Konstruktionen Praktischer Vernunft: Philosophie im Geschprachに収録された、ヌスバウム、コルスガード、ベンハビーブなどへのインタビューを順次読んでゆく。
クラスにおける発表や議論への貢献などの平常点により評価。
ドイツ語能力が前提となるが、使用するテキストの英語版が出版されているので、少なくとも初級程度の能力と意欲があれば受講可能。
水曜日午後5時?6時
自分自身の問題関心を明確にし、テキスト読解および議論に積極的に取り組むことを期待する。
テキストは、まとめて購入する予定。[受講希望者は、できれば新学期が始まる前に、嘉指までメールにて連絡すること。]
「アメリカ哲学の生成と展開」
若きチャールズ・S・パースやウィリアム・ジェイムズを中心とした伝説的な哲学討論グループ「形而上学クラブ」におけるプラグマティズムの誕生と、その後の展開のドラマを描いたLouis Menand, Metaphysical Club: A Story of Ideas in America(日本語訳:ルイ・メナンド著『メタフィジカル・クラブー米国100年の精神史』)を主たるテキストとして、プラグマティズムの基本的特長及びその現代的意義を理解する。
Metaphysical Club(2001)は、画期的な思想史研究として高い評価を得て、ピューリツァー賞なども受賞しているベストセラー。CD版も活用しながら、英語による哲学的表現の習得も目ざす。
加えて今学期は、特に、ジェイムズが西田幾多郎や夏目漱石、ヴィトゲンシュタイン、フッサール、ホワイトヘッドなどに及ぼした影響も具体的に検討し、いわゆる「プラグマティズム」の枠に収まらないジェイムズ哲学の多面性に光を当てる。
今学期は、ジェイムズとパースを取り上げた、Metaphysical ClubのPart 2とPart 3を中心に進めるが、並行して、ジェイムズの『プラグマティズム』や『純粋経験の哲学』など、関連テキストも順次読み合わせてゆく。
[なお後期は、ジョン・デューイや、プラグマティズムの現代的展開を描いた、Metaphysical ClubのPart 4とPart 5を取り上げる予定。]
「フーコー思想の射程―生政治と統治」
「生政治と統治」をめぐって展開された、後期ミッシェル・フーコーの思索の特質と可能性を、没後に編集・発表された論文・講演集を通じて考える。
『フーコ・コレクション(6)?生政治・統治』に収められたエッセイ・論文などを順次、講読してゆく。(「真理と裁判形態」、「社会医学の誕生」、「汚辱に塗れた人々の生」、「全体的なものと個的なものー政治的理性批判に向けて」、「啓蒙とは何か」、「道徳の回帰」、「生命―経験と科学」など)
フランス語原典の講読も希望する学生が複数いる場合は、毎週木曜日5限に、自主的読書会を合わせて開くことも考えている。
「田辺哲学の射程?京都学派とヨーロッパ哲学:哲学的対話の諸相(3)」
今学期は、前年度後期に続いて、田辺元の代表的著作、『種の論理』および『懺悔道の哲学』から幾つかの章を選んで精読する。西田のみならず、カント、シェリング、ヘーゲル、ニーチェ、ベルクソン、ハイデッガーなどとの徹底した批判的対話を通じて展開・構築された田辺哲学の特質を理解し、その現代的射程を考察する。
主体、他者、共同体、行為的自覚、根源悪、理性批判などのテーマに焦点を当てつつ進めるが、今学期は、田辺が批判的対話の相手とした哲学者たちの中でも、特に、西田、カント、ヘーゲル、ベルクソンなどについての関連研究も出来る限り参照しながら、批判的に読み進めてみたい。(本年度後期は、特に、ニーチェ、ハイデガー、マラルメなどを批判的対話の相手としている後期田辺の代表テキストが収録された『田辺元哲学選IV』を読む予定)
「幸福・自由・美徳をめぐる諸問題
--マイケル・サンデル『正義』を読む--」
マイケル・サンデル著『これから「正義」の話をしよう』の英語原典で読みながら、倫理学・政治哲学における原理的な諸問題を理解するとともに、
共同体論者としてのサンデルの立場そのものがはらむ問題について考える。合わせて、英語による哲学的表現を身につけることを目ざす。
基本的には、テキスト講読を中心とした形で進める。特に、功利主義、リバタリアニズム、市場と倫理、カント、ロールズ、アリストテレス/共同体
論をめぐる章を順次講読して行く。
Michael Sandel, Justice: What’s the Right Thing to Do?, Farrar Straus & Giroux
マイケル・サンデル著『これから正義の話をしよう』(早川書房、2010)
「ドゥルーズ哲学入門」
前期に引き続き、ジル・ドゥルーズの思想への最良の入門書と評される、クレール・パルネとの共著Dialoguesを講読する。ドゥルーズ哲学の
中心的概念の特質・意義の基本的理解とともに、哲学的概念の仏語・英語表現になれることをめざす。[後期からの受講も可]
今学期は、第三章「分析せよ死せる精神分析を」を中心に講読するが、時間的に可能ならば、スピノザ、ニーチェ、フーコーなどに関するドゥ
ルーズの他の著作からも、中心的個所を抜粋して講読してみたい。参加者の語学力を考慮に入れ、日本語訳テキストや二次文献も参考にしながら講読する。
「理性と内なる自然」
前期に続いて、ハイデッガー以降の代表的テキストを比較読解することを通じ、現代思想における主要な問題群についての基本的な理解に加え、自分なりの批判的視座を獲得することをめざす。後期は、特に「理性と内なる自然」との関係をめぐる問題に照準をあてたホルクハイマー/アドルノ著『啓蒙の弁証法?哲学的断想』を中心に進める。[ドイツ語を学習している学生は、ドイツ語テキストも参考にしつつ読み進めることが望まれる。]
また院生の参加者は、ヘーゲルの『精神現象学』と対比しながら考察するため、『ヘーゲル 現代思想の起点』滝口・合澤編を合わせて講読する。
下記テキストを中心に進めるが、受講者の関心を考慮しながら進める。
「現代思想入門-ヘーゲルからロールズ/ギリガンまで」
ヘーゲル以降の代表的な思潮の特長、時代的背景、他の領域への影響などを学びながら、様々な問題を考える手がかりを探ってみたい。
特に、「身体」・「他者」・「欲望」・「言葉」・「行為」などの問題群に焦点をあてて進める。
なお後期は、西田幾多郎・京都学派を中心とした近代日本哲学をテーマとする予定。
[導入]
[現代思想の源]
[第二次大戦と哲学者たち]
[主体と制度]
「ドゥルーズ哲学と現代思想」 ドゥルーズ哲学における中心的概念の「差異」「反復」「潜在性」などの特質、及び現代思想における意義の理解をめざす。現代フランスを代表する哲学者の一人、ジル・ドゥルーズの思想への最良の入門書と評される、クレール・パルネとの共著Dialoguesの講読を中心としつつ、可能な限り、日本語による関連文献も合わせ読む。[なお後期は、ドイツ語テキストの講読を予定している。]
参加者の語学力を考慮に入れながら、日本語訳や英訳のテキスト、二次文献なども参考にしつつ進める。フランス語原典は、ポイントとなる個所を選び、丁寧に読解することをめざす。
「他者・共存在・単独者をめぐる現代思想」
下記テキストをまとめて購入する予定。
参考テキスト
「京都学派・再考/現代思想との関連において」
京都学派への国際的な関心の高まりには、その代表的テキストが英語を初めとする諸外国語に翻訳され、日本語を読まない研究者にも開かれたものとなりつつある―まだまだ部分的なものにせよ―ことが大きく与っている。本研究では、京都学派の代表的テキストに基づき、その哲学的特質・現代的意義・問題点を、現代思想との関連も考慮しつつ検討する。
今学期は、特に、経験、身体、行為、ニヒリズムなどをめぐる西田、田辺、西谷の思索を、ジェイムズ、メルロ=ポンティ、ニーチェ、ハイデッガーなどとの関連で考察するが、講義の初めでは、日本近代哲学にも大きな関わりを有する道元の代表的テキスト(「有時」、「身心学道」など)も取り上げる。 受講者の数を考慮しつつ、一部、演習形式で行う。
「身体・行為・世界」
本演習では、身体の現象学・プラグマティズム・認知脳科学・メタファー論などが交差する問題群において、先駆的な思索を展開して来ているマーク・ジョンションの最近の著作、The Meaning of the Body: Aesthetics of Human Understanding, 2008(タイトル仮訳『身体の意味―人間知性のエスセティックス』)を講読する。
基本的には、現代思想あるいは近代日本哲学に関わるテーマで修士論文を書く学生を対象とする。論文執筆に向けて、関連文献をできるだけ広く押さえるとともに、テーマを絞り込むことを目指す。必要に応じて関連文献を講読するが、取り上げるテキストは、学生と相談して決める。
「行為的自己と環境世界-プラグマティズムと京都学派の比較考察」
ジェイムズの根本的経験論(radical empiricism)は、フッサール現象学のみならず、西田や京都学派に対しても決定的な影響を及ぼしたが、特に後者においては、「自己」と「場所」をめぐる思想として大きな展開を遂げた。一方、古典的プラグマティズムにおいても、ジェイムズ哲学は、デューイやミードなどにより、他者や環境世界との動的・重層的な連関において捉え直されることとなる。この演習においては、「他者と環境世界」をめぐる問題群に焦点を当てつつ、認識論的・倫理的・美学的観点から比較考察する。時間が許す限り、現代のネオ・プラグマティスト(ローティ、ウェストなど)も取り上げたい。
今回は、米フルブライト講師のスティーヴン・フェスマイアー准教授を迎えての合同演習であり、英語と日本語を使用言語とするが、随時、嘉指が日本語で内容を補足しながら進めるので、奮って参加してほしい。
授業計画案は、下記の通り。[取り上げるテーマやテキストは、最終的には、受講者の関心も考慮しながら決めることとしたい。]
「外なる自然/内なる自然」
基本的には、現代思想あるいは近代日本哲学に関わるテーマで修士論文を執筆することを考えている大学院生を対象とする。今年度は、前期・後期を通じて、現代思想における代表的テキストを、できるだけ原典で丁寧に読解することを通じ、主要な問題群や概念群についての批判的考察を目指す。[ただし、原典がフランス語やドイツ語の場合でも、英訳や日本語訳テキストが存在するものを選んで進めるので、フランス語やドイツ語を学習していない者でも構わない。]論文執筆に向けて、関連文献をできるだけ広く押さえるとともに、テーマを絞り込むことを目指す。
取り上げる主題およびテキストは、学生と相談して決めるが、前期は、「外なる自然」と「内なる自然」の関係をめぐる下記テキストからの抜粋を考えている。
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「京都学派・再考/ヨーロッパ現代思想との関連において」
和辻哲郎、九鬼周造、三木清、田辺元などの哲学的営為は、そのほとんどが若きに日に学んだハイデッガーへの批判的応答の関係を抜きにしてはその意義を十分理解できない。本講義では、彼らの思索の特質・可能性・問題点を、アーレント、レヴィナス、ヨーナスなどのユダヤ人思想家によるハイデッガー批判の有り様とも対比しつつ考察する。
「自己と他者―プラグマティズムと京都学派―2」
前期開講の「現代思想演習」(哲学演習I)を引き継いで、自己-他者関係をめぐる哲学的問題の諸相をプラグマティズと京都学派の比較研究に基づいて考察する。パース、ジェイムズ、デューイ、ミードなどの古典的なアメリカ・プラグマティズムの哲学者、及び西田、和辻、三木、九鬼など京都学派およびその周辺に位置する哲学者の思想の特長について理解し、可能性および問題性について検討する。
アメリカ・プラグマティズムと近代日本哲学に関するスティーヴ・オーディンによる比較研究書、The Social Self as an Intercultural Theme for Comparative Philosophy and Religionの中からいくつかの章を選んで、丁寧なテキスト読解と批判的検討をめざす。主に取り上げる章は、下記の通り。
Steve Odin, The Social Self in Zen and American Pragmatism, SUNY Series in Constructive Postmodern Thought, 1996
前期毎週(6月以降開講) 木3-4限
「自己と他者 - プラグマティズムと京都学派」
自己-他者関係をめぐる哲学的問題の諸相を、プラグマティズムと京都学派の比較研究に基づいて考察する。パース、ジェイムズ、デューイ、ミードなどの古典的なアメリカ・プラグマティズムの哲学者、及び西田、和辻、三木、九鬼など京都学派及びその周辺に位置する哲学者の思想の特長について理解し、可能性及び問題について検討する。
アメリカ・プラグマティズムと近代日本哲学に関するスティーブ・オーティンの比較研究
The Social Self as an Intercultural Theme for Comparative Philosophy and Religionの中からいくつかの章を選んで、丁寧なテキスト読解と批判的検討をめざす。
Steve Odin, The Social Self in Zen and American Pragmatism, SUNY Series in Constructive Postmodern Thought, 1996
前期毎週(6月以降開講) 水2限/木5限
基本的には、現代思想あるいは近代日本哲学に関わるテーマで卒論を書くことを考えている3・4年次生を対象とする。取り上げる主題およびテキストは、学生と相談して決める。論文執筆に向けて、関連文献をできるだけ広く押さえるとともに、テーマを絞り込むことを目指す。
授業計画は、受講学生と相談の上、決定する。
受講学生と相談して決めるが、候補としては下記文献が考えられる。
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「記号過程としての経験:ジェイムズ/パース/ドゥルーズ」
直接的・間接的に関連のあるジェイムズ、パース、ドゥルーズによる「経験と意味」についての代表的論考を比較考察する。パースによるジェイムズ批判の妥当性、ドゥルーズ映画論におけるパース記号学の役割、ジェイムズ根本的経験論とドゥルーズ超越論的経験論の親近性に焦点を当てて進める。
基本的には、修士論文執筆準備中の学生のテーマに応じた指導をする。併せて、外国語読解力の向上を目的として外国語文献の精読を行う。(テキストとしては、エトムント・フッサールの講演「ヨーロッパ人間性の危機と哲学」の独仏二カ国語版などを考えている。
人間と社会の在り方が未曾有の変容を遂げつつある現在、人間観・世界観の根本的な問い直しが迫られている。近代の成立以降の代表的な哲学者・思想家の思想の特質、時代的背景、他の領域への影響などを学びながら、現代という時代に生きて在ることの意味を哲学的に捉え直し、様々な問題を考える手がかりを探ってみたい。特に、「身体」・「言葉」・「他者」・「行為」などの問題群に焦点をあてて進める。
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「“他者”をめぐるフランス現代思想-ヴェイユ、メルロ=ポンティ、レヴィナス-」
「他者」を主題とした、ヴェーユ、メルロ=ポンティ、レヴィナスの代表的論考を、原文を参照しつつ、精読する。
「身体・他者・自由」をめぐる様々な問題について、できるだけ具体的な場面に即しつつ考えてみる。
基本的には、修士論文執筆準備中の学生のテーマに応じた指導をする。併せて、外国語読解力の向上を目的として外国語文献の精読を行う。(テキストとしては、ハイデッガー著『ヒューマニズムについて』の独仏二カ国語版などを考えている。)
「ハイデッガーと日本の哲学者たち/批判的応答の様々なる形(2)」
和辻哲郎、九鬼周造、三木清、田辺元などの哲学的営為は、そのほとんどが若きに日に学んだハイデッガーへの批判的応答の関係を抜きにしてはその意義を十分理解できない。本講義では、彼らの思索の特質・可能性・問題点を、西田哲学との関係も踏まえつつ、アーレント、レヴィナス、ヨーナスなどによるハイデッガー批判の有り様とも対比しつつ、さらには、アメリカの同時代思想との比較研究の成果も参照しつつ、考察する。
「“身体論的転回”の諸相(3)」
本学期は、ヴァレラ/トンプソン/ロッシュの共著『身体化された心』を読む。本書は、2001年に惜しまれつつ逝去したフランシスコ・ヴァレラ自身が、「私のテキストのなかで最も重要な著著」とみなした代表作。認知を「身体としてある行為」と見るエナクティブ(行動化)・アプローチを提唱する。英文テキストを参照しつつ進めたい。
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「“身体論的転回”の諸相(2)」
本演習では、ジェイムズ・西田・メルロ=ポンティなどによって切り拓かれた「両義的身体」概念を一つの共通の源としつつ、異なる観点からなされつつある「身体的存在」の捉え直しを再検討する。今学期は、メルロ=ポンティの現象学を、それぞれ独自の仕方で継承・発展させる研究・活動をしてきている、ドイツの哲学者ヴァルデンフェルスと日本の演劇家・竹内敏晴の著作を精読する。
基本的には、修士論文執筆準備中の学生のテーマに応じた指導をする。併せて、外国語読解力の向上を目的として外国語文献の精読を行う。(テキストとしては、ハイデッガー著『ヒューマニズムについて』の独仏二カ国語版などを考えている。)
人間と社会の在り方が未曾有の変容を遂げつつある現在、人間観・世界観の根本的な問い直しが迫られている。近代の成立以降の代表的な哲学者・思想家の思想の特質、時代的背景、他の領域への影響などを学びながら、現代という時代に生きて在ることの意味を哲学的に捉え直し、様々な問題を考える手がかりを探ってみたい。特に、「身体」・「言葉」・「他者」・「行為」などの問題群に焦点をあてて進める。
「ハイデッガーと日本の哲学者たち/批判的応答の様々なる形」
1920年代、ハイデッガーのもとには、『存在と時間』刊行前から、多くの優れた若き研究者たちがドイツ内外から集まり、その後、それぞれ独自の思索を、ハイデッガーへの批判的応答として展開することとなる。日本の和辻哲郎、九鬼周造、三木清、田辺元などの哲学的営為も、ハイデッガーとの関係を抜きにしてはその意義を十分理解できない。本講義では、『風土』、『偶然性の問題』、『パスカルにおける人間の研究』などに表れた、彼らの思索の特質・可能性・問題点を、アーレント、レヴィナス、ヨーナスなどのユダヤ人思想家によるハイデッガー批判の有り様とも対比しつつ概観する。
「“身体論的転回”の諸相-1」
「身体こそ大いなる理性である」―ニーチェによるこの宣言をもって、現代哲学における「身体の復権」は始まった。本演習では、ジェイムズ・西田・メルロ=ポンティなどによって切り拓かれた「両義的身体」概念を一つの共通の源としつつ、異なる観点から「身体的存在」の捉え直しを押し進める試みとして、レイコフ/ジョンソンによる「メタファー」論、ヴァルデンフェルスによる現象学的「他者」論などを比較検討する。
基本的には、修士論文執筆準備中の学生のテーマに応じた指導をする。併せて、外国語読解力の向上を目的として外国語文献の精読を行う。(テキストとしては、ハイデッガー著『ヒューマニズムについて』の独仏二カ国語版などを考えている。)
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「哲学と現代世界-2」
その生涯を賭けて、現代世界と人間の自由との関係について思索をめぐらしたハンナ・アーレントの思想の特質・射程を検討する。特に、遺著『精神の生活』における、「現れ」・「複数性」・「偶然性」・「注意」・「選択」・「創造」・「悪」などについての思索を、アーレントによるニーチェ、ハイデッガー、メルロ=ポンティなどの思想の批判的考察に即しつつ検討する。適時、英語原典を参照しつつ進める。
「ヴィトゲンシュタインとジェイムズ」
ヴィトゲンシュタインとジェイムズ両者の哲学の意義・特質について、比較研究の観点から考察する。両者の類似性については、すでにヒラリー・パットナムなどにより指摘されてきているが、この演習では、本格的比較研究として評価の高い、ラッセル・グッドマンによる、Wittgenstein and William James(2002)の中から二、三編の論文を選んで精読してみたい。本著は、『哲学的探求』などにおける批判的言及にもかかわらず、ジェイムズ哲学の広範かつ根本的な影響がヴィトゲンシュタイン哲学に認められることを明らかにすることにより、経験行為・意味などをめぐる両者の思索に新たな光をあてている。
「哲学と現代世界-1」
人間と社会の在り方が大きな変容を遂げつつある現在、人間観・世界観の根本的な問い直しが迫られている。近・現代における主要な哲学的思潮のいくつかを取り上げ、その意義と限界、他の領域への影響などを学びながら、現代という時代に生きて在ることの意味を捉え直してみたい。
『脱構築とプラグマティズム』(シャンタル・ムフ編)収録の、ジャック・デリダとリチャード・ローティによる論考を、英語原典を参照しながら精読する。
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「人間は多様な存在である」との前提に立つアマルティア・センの「平等」論の哲学的意義を検討する。「多元的現実と相互承認」について考察してきた、前学期までの講義のまとめであり、「現代思想演習」と連繋させつつ進める。前期履修者のみ履修可とする。
アマルティア・セン著『不平等の再検討/潜在能力と自由』を、英語原典も参照しつつ、「多元的現実論」の観点から講読する。「個人が選択できる生き方の幅としての自由」を広げることを福祉の最重要課題とみなすセン(1998年度ノーベル経済学賞受賞)の「潜在能力アプローチ」は、哲学や法律学を含む幅広い分野に影響を及ぼしつつある。
現代における哲学的多元論の一つの源をなすジェイムズ哲学の意義を前年度に続き検討する。具体的には、ヒラリー・パットナム、リチャード・テイラーなどによるジェイムズ論の意義を検討する形で進める。
ウンベルト・エーコ『カントとカモノハシ』(上)の中から、特に「カント、パース、カモノハシ」の節などを、できれば、英訳を対照しつつ購読する。本著作は、現代を代表する記号学者であるエーコが、日常の事物を素材にして、人間の認識メカニズムの解明に挑んだ話題作である。
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「多元的現実と相互承認」との関連について考えてきた、前学期までの講義のまとめであり、「現代思想演習」と連繋させつつ進める。「人間は多様な存在である」との前提に立つアマルティア・センの「平等」論の哲学的意義を考察する。
アマルティア・セン著『不平等の再検討/潜在能力と自由』を、英語原典も参照しつつ、「多元的現実論」の観点から講読する。「個人が選択できる生き方の幅としての自由」を広げることを福祉の最重要課題とみなすセン(1998年度ノーベル経済学賞受賞)の「潜在能力アプローチ」は、哲学や法律学を含む幅広い分野に影響を及ぼしつつある。
レイコフとジョンソンの最新作、Philosophy in the Fleshの第一章(How the Embodied Mind Challenges the Western Philosophical Tradition)を講読する。できれば、彼らの身体/メタファー論に決定的方向付けを与えたメルロ=ポンティの遺稿(Le visible et l’invisible 収録のノート)も参照しつつ読み進めてみたい。
「哲学することの始め/様々なるパッション」
自己と他者、存在と時間、言葉と語り得ぬもの、不正と暴力等々?多元的な現実の中で、人は様々な問題に出会う。逆に世界は、異なる問いかけに応じて、全く異なる表情を開示してくる。参加者各自が、自らの内に抱えた問いを明確にし、また、様々なる問いへと自らを開いて行く場としたい。哲学の問いを徹底した形で追求し、かつ平明に表現した幾つかのテキストの講読と、参加者の自由発表を平行させて進める。
「相互承認と多元的現実(続)」
今学期は、様々な次元における相互承認をめぐる問題を、類型的理解と創造的メタファー(ブーバー、リクール)、ポリフォニー(キルケゴール、バフチン)時間性と間身体性(道元、西田、レヴィナス)、モラルと法(ロールズ、デリダ)などの視座から検討する。前学期同様、ビデオなども使用し、できる限り具体的な事例に即しつつ考えてみたい。
「アメリカ思想における公正の理念(続)」
社会的公正や人権の理念をめぐり、様々な論者の間で展開されつつある幾つかの論争の意義を検討する。今学期は、マッキンタイアー『美徳なき時代』、ウォルツァー『正義の領分』などから幾つかの章を選んで講読し、倫理と正義に関する共同体主義的アプローチの特質を考察する。
「歴史と身体」
身体の歴史性・社会性を様々のパースペクティヴ(ベンヤミンの歴史哲学/現象学的身体論/アフォーダンス理論/技術論など)から検討する。
「京都学派再考」
京都学派とその周辺に位置する思想家たちによるテキストを選択的に取り上げて読解する。また、批判的論考(柄谷行人、酒井直樹など)と発展的論考(中村雄二郎、木村敏、中沢新一など)をあわせて検討することにより、京都学派の思想的な特質・限界性・可能性を考察する。今学期は、三木清の歴史哲学に焦点を当てる。
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「相互承認と多元的現実」
相互承認をめぐる問題を、多元的現実論の視点から考察する。まず、相互承認論(ヘーゲル、アーレント等)と多元的現実論(ジェイムズ、シュッツ等)の系譜における主要な論点を交差させながら検討する。さらに、歴史における承認、知と権力などの問題を、映画『ヒロシマ私の恋人』や『ブッダの嘆き』(インドにおける放射能汚染を取り上げたドキュメンタリー)などを観ながら具体的に考えてみたい。
「アメリカ思想における公正の理念/ネオ・プラグマティズムとフェミニズムを中心として」
社会的公正や人権の理念をめぐり、ネオ・プラグマティスト(ローティ/ウェスト)やフェミニスト(バトラー/ギリガン)などの間で展開されつつある幾つかの論争の意義を検討する。また、時間的に余裕があれば、対話体の英語テキストなども参考にしつつ、自分なりの考えを英語で表現することも目指してみたい。
「京都学派再考」
京都学派(西田幾多郎、田辺元、西谷啓治など)とその周辺に位置する思想家たち(三木清、和辻哲郎、九鬼周造、中井正一など)によるテキストを選択的に取り上げて読解する。また、批判的論考(柄谷行人、酒井直樹など)と発展的論考(中村雄二郎、木村敏、中沢新一など)をあわせて検討することにより、京都学派の思想的な特質・限界性・可能性を考察する。
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