神戸大学大学院人文学研究科倫理創成プロジェクト

アスベスト問題に関連する研究成果や情報

アスベスト被害聞き取り調査―東京都文京区さしがや保育園保護者の方々 [2009-02-28]

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藤木

訴訟に関して、最初から組織だっていたわけではないと考えていたのですが、最初から最後まで訴訟に関わられた人の人数というのは変わらなかったのでしょうか。

Mさん(女性)

変わらなかったですね。

藤木

訴訟で争点になったのはどういう点だったのでしょうか。

Aさん

揉めたというような展開はなかったですね。保護者が冒頭陳述をやらせてもらって。多少こちらが言っていることと区とのズレみたいなものもありましたけれども。やっぱり争点は因果関係を予想できない将来的な被害に対しての責任があったかどうかというところが最大だったと思います。

藤木

それに対して区側はどういう反応だったのでしょうか。

Aさん

本来的には区としては揉めないと思っていたと思うけれども、ただ実際問題行政的には明らかな不正があったのだからそれについての謝罪と慰謝料と子どもたちが将来発症したときの健康対策を確保するというのは飲まざるを得ない状況だったと思いますね。それで僕らとしても勝訴が目的だったのではなくて、弁護士の先生も「勝訴をしてもたかだか何十万の慰謝料であまり得るものがないので、和解に持ち込んで条件を出したほうがいいよ」というように。つまり原告の子どもたちだけでなくすべての子どもたちのための健康対策に関して、区との和解条例に繋がり、約束を果たせるようなものというのをやってほしいというのを出しました。

Mさん(男性)

その後、保育課の対応が全く変わりまして。

Aさん

その頃には保育課の担当も反対派ではなかった。

Mさん(男性)

それまでは「検討させてください」というような感じで話は聴くのですが、結局却下でした。

藤木

それは11月の関係者処分を境に変わったのですか。

Mさん(男性)

和解の後ですね。それが基準になり見舞金とか協定とかを結ぶことができました。

松田

他の方にもすでにお聞きしたのですが、子どもさんの将来的なリスクをどう子どもさんに説明していくのかということがあると思います。先ほどもMさんの奥さんが言われていたことですが、108人の子どもがいるとアスベストに関係しない場合でも、そのうち3〜5人が肺がんを発症するというデータが出ていますが、タバコの問題などもあるので、子ども向けの冊子もできているわけですね。そのあたり、Aさんはお子さんに、どういうふうに伝えていくかということについて何かお考えになっていますか。

Aさん

もう5年生なのでそろそろわかるかなと思いますが、まだ事故について改めて何か教えるということはしていないですね。もうちょっと経ったら喫煙の可能性だって出てくるだろうし、それは追々伝えていかなければならないと思います。あとはやっぱり、僕自身の意識の中に子どもが一緒のときになるべく喫煙席から離れたところに座ろうみたいなことは根付いていますね。そういうときに、ちゃんと伝えればいいのかなと。「君はこういうリスクを持っているから、例えば付き合う男性もあんまり喫煙者じゃないほうがいいよ」とかね。それを本人がハンディキャップを感じないようにっていうことですよね。前向きに考えて理解できるような伝え方をしたいなと。事実とそれをどう捉えて自分で健康管理をしていくかというように持っていければいいなと思いますね。Mさんのところはやっているの?

Mさん(男性)

断片的にだけれども、冊子はもう作っていたんで、ちゃんとは説明していないけれども、事実関係はたぶん認識しているだろうと思います。自分自身がどうだというのは、訊かれた部分で説明はしています。

Aさん

親子で共通認識を持つことも大事ですが、子どもたち同士でも問題意識を共有できるようになればいいなと思います。起きたことを客観的にとらえて、子どもたちに語らせるような場ができたらいいなと。やっぱり中学生ぐらいになってからかな。子どもたちに対する教育の機会があれば、と僕は思っています。

Nさん

つらいことが言えない、うちの子はそうなんですけれど、そういうことがあっても親に訊けないと思うんですよ。何となく言うのも怖いと思っていると思うから、そういう機会を設けて子どもたち同士のレベルで、「私、こうでほんと大変だったのよ」っていうことがすごく必要だと思います。

Aさん

そういうネットワーク・カウンセリングみたいな、支え合いみたいなものを作っていかないと。将来的に誰か一人でも発症した場合には、そういう当事者同士の支えが必要になってくるし、同じ時間を過ごしてこういう事故に遭遇したということが強いと思うので。その頃には僕たちは死んでいるわけだから、子どもたちが自分たちでそれを継承していくというのがすごく大事だと思います。

Mさん(男性)

子どもの冊子を作ったときに今後説明会を行いましょうという提案をしています。

Nさん

シンポジウムとか、何かパーティーのようなものでいいから。

Aさん

もうちょっと、中学から高校ぐらいがいいんじゃないかな。

Nさん

あんまり時が経つと親のほうが難しくなってしまうから。他の子どもに会ってもきっとすごく変わってしまっているから、わからないかもしれない。

Mさん(男性)

さっきも言ったように108人のうち3〜5人というような、保育園の中でそれが特定できるということでもないというところがね。別の原因で肺がんになる人もいるという。そのへんのことも、知識じゃないけれど、自分たちで理解していかなければいけない。

Nさん

それはあくまでも、日本の一般的な人の中の5人だから、喫煙をさせないことでものすごく減るわけです。

Aさん

禁煙教育は、アスベスト被災者にとって基本的なリスクヘッジだと思います。

藤木

リスクの上塗りをしないということですね。

Aさん

そうですね。

Nさん

最初、私は起こってしまったことはもう取り返しがつかないと思っていたんです。それは取り返しがつかないから、責任だけを追及していたんだけど、M夫妻が「いや、今からならないように」というのをずっと言ってらしたんです。私からしたら、アスベストは取れないからすごく違うと思ったんだけれども、でもだんだん私もそういうふうに考えるようになりましたね。そういう考え方、医学の中ではないですもん。

Mさん(男性)

専門家は「大丈夫です」とは言いません。

藤木

専門家だからこそ言わない。

Mさん(男性)

そう、プロフェッショナルなんですよね。

Nさん

励ましてほしいときもあるよね。Fさんは「大丈夫ですよ。大丈夫だといいなって思うな」と何の根拠もなく言ってくれた。

Aさん

他の災害地で亡くなられた方のお話を聴くと、やっぱり心配になりました。

Nさん

私たちが、アスベストの原石とか写真とか肺を切ったのとかを見せられて、どれだけ傷つくかということが、この方たちにはわからないんですよ。そこに傷を負っている私たちがそれを目の当たりにするということがどれだけつらいかということが。

アスベストが医学だとか環境だとか建築の専門家だけで語られていると、リスク・コミュニケーションはうまくいかない。もっとレベルを下げて、ちょっと心配なお父さんお母さんや子ども自身でもアクセスできるような情報媒体が必要だと思う。そういう人たちと同じ目線で「この人にはどういうふうにアドヴァイスしたらいいかな」というような、心理的なものも含めた相談者がいないとだめです。

Aさん

支援というと支援をする側の論理でやってはいけなくて、その支援を必要としている人のニーズ、あるいは支援が必要かどうかもわからない人に対する周知・啓蒙であったり、そこを考えないと、本当に広く支援をするということにはならないですね。当時は僕たちのように問題意識を持った人がまだ1割ぐらいしかいなかったんだけれども、気づいていない人たちに対しても、どういう情報発信をしていくかということが大きなテーマでした。そこは僕らも諦めずにやっていこうねと話していました。活動から離れていく人たちも多かったけれども、でもそこをやらずして自分たちだけの利益のために動いてしまったら、まったく意味がないことだから。そこは今後の課題としてもずっと残っていくんだろうなと思います。だから僕たちが要求したのは、転居した人もすべての人の住所を追いかけてくれと。カウンセリングについてもずっと実施し続けてほしいということです。

Nさん

時代が変わって、当時は何とも思っていなかった人たちでも、今見たら大変だと思う人たちだっていると思うし。

Aさん

クボタショックが起きたときに、やっと自分の保育園でも大変な問題が起きていたことに気づいた人もいました。新聞の一面に出てから、「アスベストってそういえばうちの保育園にもあったよね」というような感じで当時の保護者の方に言われたことがあります。

Mさん(男性)

実際にクボタショックの後、N先生がNHKに出演されてそのことを当時の保護者の方が言っていましたね。

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