神戸大学大学院人文学研究科倫理創成プロジェクト

アスベスト問題に関連する研究成果や情報

アスベスト被害聞き取り調査―近藤喜明氏 他 [2008-06-12]

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趣旨と場所・日程、参加者

趣旨

阪神淡路大震災によるアスベスト被害に関して特に被災建造物の解体、がれき撤去、運搬・処理作業に従事された方からお話をうかがう。

場所

神戸大学文学部(人文学研究科)A棟4階共同談話室

日程

2008年6月12日(木) 午前10時40分から

参加者

NHKの報道をもとに、当時の状況を伺う

松田毅 (神戸大学大学院人文学研究科教授)

今年の三月だったと思います。震災時、建造物の解体作業に従事され、中皮腫という重い疾患になられた方が、労災認定された報道がありました。近藤さんは震災時に解体作業をされ、肺に疾患があると伺っております。近藤さんに関する4月15日夕方に放映されたNHKのインタビューをまず資料とし、その内容についての質問にお答えいただく形で今日の授業を始めさせていただこうと思います。また、震災時の解体作業の様子の写真を西山さんが用意されているので、それも見ながら進めたいと思います。

(この間資料DVDを観る)

松田

ニュース番組の特集として放映されました内容については、今日、お越しのひょうご安全センターの方に補足や説明を最初にお話ししていただけたらと思います。

神田

ひょうご労働安全衛生センターで代表しております神田です。先ほど観ていただいたように、震災中のアスベスト被害に関する震災被災地ホットラインを実施しましたが、2日間で103件、2週間で144件の相談がありました。また、その結果をもとに兵庫県に対する緊急要望書を提出しました。

3月26日に兵庫県に対し石綿による健康被害の救済に関する法律、つまり、現在のアスベスト新法の緊急の救済法の見直しを求めると同時に、アスベスト被害の総合的な相談窓口を設置し、拡充すべきことを求めました。また、第三に、アスベスト健康診断を広報により周知し、その体制や費用面での拡充を図るべきこと。第四に震災時、解体作業、瓦礫、廃材などの運搬処理作業に関わった人の調査を行うべきことです。さらに第五に、今後、アスベスト問題に取り組む諸団体と連携しながら、アスベスト対策に取り組むことを要請する、申し入れを行いました。

これに対する県の回答には、アスベスト対策の健康診断を周知徹底するとありました。新聞各紙の折り込みに月一回程度の兵庫県広報に載せるという話でした。しかし、実際の記事は小さな囲み記事にとどまり、一般市民の目にはつきにくい記事でした。

また、兵庫県としても良性胸水の疫学調査を実施すると報告していますが、それは、兵庫県内に限るものです。阪神淡路大震災の時に全国から来られた、多くのボランティアを含め、ライフライン復興に尽力し、復興に大きな力を発揮していただいた方たちにも調査を周知徹底することは出来ていないように思います。

私たちもこのような形で震災アスベストの問題について議論する機会を増やしていく必要があるのではないかと考えています。そのために、労働組合や、問題の地域の人々、医師、弁護士、政治家だけでなく、若い人たちにもこの問題に積極的な関心を持っていただける機会を作りたいと思います。このような場所から震災アスベスの被害の問題に取り組むきっかけができたらと思います。

松田

岩佐さんは解体作業に従事されたと伺っています。今日は作業の実態をお話ししていただけたらと思いますが、その前に、先の報道にもありました、ひょうご安全センターの申し入れに触れておきたいと思います。申し入れを拝見しますと、ボランティアで参加された方が不安に思われたとあります。それが26人。また、解体作業や粉塵によるリスクに不安を感じられている方もあり、幾つかのタイプがあります。一つはもちろん解体作業。それに住民の方とボランティアの三つに分けられているのですが、具体的にどういうケースが典型としてあげられるのか少しお話ししていただけますか。その後、一番問題になる解体作業された方の話を詳しくお聞きしたいと思います。また、相談内容もお願いいたします。

西山

安全センターの西山です。震災被災地ホットラインを3月9日と10日と二日間行いました。NHKにも全国にニュース報道をしていただきました。

(西山さんへの電話のため一時中断、交代)

伊藤

さきほど三つに分けられるとおっしゃいましたか?

松田

ええ。頂いた資料には相談者の内訳とあり、三区分されています。「労働者」、「住民」、「その他」とありまして、その他の中にボランティアの方が入っています。典型的にはどういう相談内容が多いのでしょうか。

伊藤

ボランティアにも社会人と学生があります。学生の方は、全国から来られ被災地のためにお手伝いされました。社会人の中には「全壊」、「半壊」などと書かれた「赤札」を解体住居に札を貼る仕事をされた方がありました。ボランティアの中にも壊れた建屋に赤札を張る方がありました。「神戸に何日間か行ったが、その後、震災被災地とは縁がないので、今、どこに相談したらいいのかわからない」という不安の声がホットラインでもありました。

松田

「大学生」とおっしゃいましたが、非常に若い方からの相談でしょうか?

伊藤

若い方のお母様、お父様で、息子さん娘さんのことを心配されている方が多かったです。解体作業も当時、人手が足りないので、元請けの下請けの孫請け、などなどとありましたが、その時給が大変良かったこともありまし。学生なので時間もあり、急遽応援に駆けつけた方もいました。

「息子は急遽応援に駆けつけて、解体作業をしたけれども、学生なのでアルバイトは短期間で終わり、また元の学生生活に戻りましたが、今後息子が何か発病したとか、健康被害があったときにはどこに相談すればいいのでしょうか。」

というような質問がありましたので、

「当時、同じアルバイトをされていた方と連絡を取り、作業内容や会社名、作業場所を一覧にしていれば、万一の時に役に立つのでそういうことをしたらどうですか」

というようなアドバイスをさせて頂きましたが、「当時の仲間とは全く連絡が取れない、どこの誰かはわからない」とお母様はおっしゃっていました。また、「アルバイト先の会社あるいは親方とも連絡が取れない。全くどうしたら良いのか分からない」とおっしゃっていました。

神田

相談の数は数的には、2日間で103件、2週間で144件です。相談者の内訳は、労働者に分類できる人が83名、被災地の住民27名、その他ボランティア、通勤の被災地経由の人が26名という集計になります。

松田

住民の方からの相談内容も同じような内容でしょうか?

伊藤

住民の方の相談内容は、

「家が全壊してしまったが、全壊の自宅をつぶすところを目の当たりにしていた時に、粉塵が舞っていた。また、避難所の生活でも、近くで解体作業が頻繁に起こっていた。子供がいたので風邪用のマスクを子供にはさせていたが、本当にこれで大丈夫なのか」

「避難所から通勤・通学地までも瓦礫の山であり、解体作業の脇を自分も通っていたが、大丈夫か」

という不安な声です。

松田

例えば、実際に解体作業をされた方はどれぐらいの人数の方が、いらっしゃぃましたか。そういう調査やデータはございますか?

神田

ないのではないでしょうか。これに関連して、ボランティアとは異なり、解体業者については県や市が把握できるのではないか、と考えています。行政にはある程度の数は把握してもらわないと困ります。その結果を全国的に広報していかなくてはならないと思います。その点、県や市には責任があります。また私たちもボランティアの状況の集約をした団体がないかと探しているところです。

松田

今聞いたかぎりでも、未経験者が頼まれて解体作業をした場合も相当数あったということでしょうか?

神田

でしょうね。

松枝

なんせ、全国にわたっていますね。

松田

非常に広範囲からこられた訳ですね。

松枝

みなさんご存じかどうかわかりませんけども、被災地からは、出動できないです。みんな被害者ですから。近隣から入って来ているわけです。ほぼ全国からですね。だから、今回、全国から相談がありました。

解体作業には国の補助金が出ているはずです。県に質したところ、一応、どこの解体業者へ補助金がいっているのかは、わかる。しかし、その孫請け、下請けになってくるとどうか。だから、それについては行政の方で把握するべきだ、兵庫県に対して緊急の要望書の申し入れをしたのです。また、土建関係の業者がどれぐらい入っているかも問題です。

すでにありましたように、いわゆる建物検査がありましたね。全壊、半壊など、建築診断です。これも地元行政はほとんどタッチ出来なくて、全国の自治体、建築関係の行政関係者、建築士業界などが入って来たのです。そこまではわかるが、それがどれくらい実際に行われ、どういう状況だったか把握出来ていない。だから「資料を調べる」と言っているのです。しあkし、それも具体的には神戸市や兵庫県との交渉が必要かと思います。

片岡

兵庫県土建一般労働組合の片岡です。解体は、ビルをつぶすというイメージと思いますが、私たちはむしろ木造家屋の建築職人の皆さんを多く組織しています。震災当時、兵庫県下に5万人の組合員がいました。今は、4万5千人くらいです。全国では71万人です。そこで、解体件数に関してですが、震災時に発表され、またその後も発表された、半壊、全壊の家屋数に対応する数の解体現場があったと言えます。半壊の場合、解体しませんが、全壊だと解体になります。

兵庫土建、兵庫県連の五組合が兵庫県連合会を作っていますが、それだけでは対応できませんでした。当然、私たちも被災者ですから。神戸、淡路、阪神地区の組合員さんも被災者で手がおよばず、全建総連、当時75万の仲間の応援を受けました。神戸に一ヶ月泊まり込むとかです、どこかの安い宿を借りてもらうとかしながら作業をしたわけです。

当時は解体より復興が優先でした。住宅を急いで建てることに力を向ける。そういう意味で、震災時だけでもアスベストを吸い込んだ労働者は全国に散らばっているだろうと思います。あの当時、ご記憶の方もあるでしょうが、神戸市内を走っていた車のナンバーは北海道から沖縄までに及んでいました。そういう意味では、もちろん住民もそうですけれども、危険はあるだろうなと思います。私にショックだったのは、震災後、まだ12、3年しか経っていない人から中皮腫の患者が出たことです。これは私たちにとっても強烈な衝撃です。だいたい発症までは20年、40年ということは掌握していたのですから。解体期間だけ手伝った労働者の被害ということの意味は深刻で、もう一回り大きな現象なのだろうなというふうに感じます。

松田

1995年の震災当時に解体作業された方が、アスベストに関する危険性、リスク認識がどの程度あったのか。個人的にどれくらい認識していたでしょうか。会社、行政の問題もあると思いますが。

神田

そのような認識はほとんどなかったですね。当時の環境問題はダイオキシンがまだ主流だったものですからね。アスベストのとこまでは全然認識なかったですね。

松田

それ以前から、解体時、例えば「アスベストの吹きつけがあるから注意しなさい」というような話はなかったのでしょうか?

神田

まだなかったですね。

片岡

ただですね、現場の状況を矛盾させてはいけないのですけが、全建総連が建設業におけるアスベストの危険は掌握していました。1985年くらいに、アスベストの危険性を訴えるポスターを作って全国の組織に配っています。71万人の組織の数だけを配ったわけではありませんが、各県の責任者プラスアルファに配ったのです。そこで訴えています。しかし、色々な役職の人に配っても、切実感ないし切迫感がない。

現場の責任になると、短絡的につかまえられると困るのですが、そういうこともありました。ヨーロッパでは1975年にすでに製造・使用中止だったのに比べれば、日本は遅れている。国は何もしなかった。当時は厚生省ですね。建設省、環境庁も。対応してないのが現実でした。ましてや一解体会社あるいは石綿を使った製造業の責任に帰すのは、もってのほかです。どうしてそうなったのか、国の無作為ではないかと思っています。

松田

現場と国あるいは企業の認識のずれがあると思うのですが、実際の作業の様子はどのようなものだったのでしょう。あるいはどれぐらいの期間、一日どれぐらいの長さ、どういう形で作業されていたのか。そのあたり具体的にお話しして頂くとイメージがもてると思います。解体作業は毎日どれぐらいの期間されたのでしょうか。

岩佐

だいたい一日八時間ぐらいの労働時間でした。それと本当に風邪のマスク、埃よけマスク程度で作業をしていましたね。人によって色々ですけども、長期的に泊まりがけで作業していた方もおられるし、通勤で作業した人もおられます。一週間ほどで撤退した作業者もいますし、色々だっただろう思うのです。アスベスト自体は、たくさん吸ったら発病する可能性は高いのでしょうが、頭の毛の五千分の一くらいの大きさでしょう。一カ所で作業すれば、どこまで飛んでいくかわからんような性格のもんですから、難しいですね。被害のほどということになれば。

松田

実際にはビルの解体作業ですか?

岩佐

木造ですね。

松田

地域でいうと、どの地域ですか?例えば三宮とかそういう形でいうと。

岩佐

私の場合は本山から灘から湊川から、色々と行きましたね。

松田

実際に作業されていて、「なんかやばい」とか、そういう認識は持たれましたか?

岩佐

まず、危険な状態だと、これはもう神戸は大変な状態やという意識が強かったものですからね。なんとか早く壊すなり、なんなりしないといかんという先入観があったものですからね。

松田

実際の解体作業はどのようなものでしょうか。例えば建物が半壊しているとか全壊しているという状態があったとすると、どういうことをされるのですか?例えば、バールで壊すというものなのですか。

岩佐

まず、建物が全部、危険な状態だったわけです。人力でというのは少ないですね。ほとんど重機の作業になりますね。廃棄物をトラックに積んで、それを六甲アイランドか何カ所かに分けて集積していました。

松田

それはそれぞれの担当がやられるわけですね。

岩佐

はい。

松田

どの作業についても粉塵が舞うような状態に?

岩佐

はい。仮設的な養生が出来る現場と出来ない現場があってですね。出来る現場は仮設的な養生はしておりましたけども。

(近藤氏到着)

松田

近藤さんが見えられました。最初にNHKの近藤さんが登場された番組をみなで観ました。その後、ホットラインの相談の様子をお話いただき、岩佐さんから実際の解体作業がどんな感じだったのか、当時、アスベストの危険性が、現場や組合にどう認識されていたのかをうかがっていたところです。特にどの作業が一番危険だったのか、あるいはほとんど同じような危険性があったということでよろしいのでしょうか?

岩佐

そうですね。

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