神戸大学大学院人文学研究科倫理創成プロジェクト

アスベスト問題に関連する研究成果や情報

アスベスト被害聞き取り調査―中村實寛(さねひろ)氏 [2006-09-25]

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松田

ではそこに話を移して、16年は今みたいなことで、世界アスベスト会議に出席され、それからラジオなど報道で少しずついろんな方が参加し始めた。そしてクボタの事件があったわけですね。事件と言うのが適切かどうかはありますが。

中村

僕は事件って言うてるんですけどね。

松田

外から見ると、労災の認定の話とクボタとの話との間には何か距離があると思うのですが。そこに移られた経緯とかはどんなものだったのでしょうか。

中村

まずですね、一番最初は、僕らの患者と家族の会が発足したいうことで、早稲田大学の村山武彦教授がラジオで2040年までに中皮腫で10万人死ぬだろうという予測をされたんですね。

それをあるドキュメンタリー会社の社長が車の中でその放送を聞いて、社内で「これは中皮腫っていう病気は恐ろしい病気になるかもわからんぞ、それで大変な被害が出るかもわからんから、それを一発取材しようか」いう号令がかかったらしいんですよ。それでそれもまた、関西労働者安全センターの名前が出たみたいですね、報道で。支援団体いうことで。

それを聞いてドキュメンタリー会社の人が、古川さんにコンタクトとって、「患者を教えてください」と。患者さんの追跡取材するからという電話あったらしいんですよ。患者と病院を紹介して下さい、いうことで。「病院は兵庫医大行ったらどうですか」と。いうアドバイスしたら兵庫医大に行って、取材申し込んで、「誰か患者さん、取材する人いませんか」と先生に聞いたんでしょうね。そしたらたまたま主婦の人がもう少ししたら手術するんや言うて。

その方がDさんいう人なんですけど。その人を取材し始めたドキュメンタリー会社の人から古川さんに「古川さん、普通のお好み焼き屋のおばちゃんか、たこ焼き屋のおばちゃんが中皮腫になってるんやけど、何でやろう」って相談があったらしい。それから始まったわけですよね。

それから病院に行って聞き取り調査をして。そして、生活してきた場所とか全部逆算して、遡って、追跡調査していって・・・。学校まで行って、教育委員会にいって、アスベスト使われてなかったかいうとこまで調べて、それでもなかったと。そしたら、もう居住地しかないと。結婚後現住所地で同じとこらしいから、現住所地の近辺にはそういう怪しい企業はないと。そしたら、子どもの頃から二十歳まで育った尼崎やろうということで、尼崎をちょっと探そう言うて歩き回ってたらしいんですよね。

松田

そこはテレビに出てきてる場面ですよね。

中村

そう、それがテレビに出てきて、ガソリンスタンドのおっちゃんが「うちの社長もそうや」という場面につながってるんですね。

松田

そのあたりは偶然そうなったということですね。

中村

そうですね。だからどこがそれのきっかけを作ったかいうたら、一番最初はそのドキュメンタリー会社の社長がラジオを聞いてからなんですよね。それでそれが古川さんとこにいって、古川さんはああいう人やから、もうほとんど尼崎を歩き回ってたんですよね。一日おきとか二日おき。そんで聞き取り調査して。そしたらみんなから「古川さん、今時の警察の刑事でもそこまで聞き込み調査せえへんぞ」って言われるぐらい歩いとったらしいから。

松田

最初からクボタに狙いをつけたっていう形ではないんですね。

中村

Dさんいう方とドキュメンタリー会社の方と会った10月なんですよね。16年の10月ですね。それで、17年の、今だからもうしゃべってもいいと思うけど。17年の1月の5日に尼崎に奈良医大の車谷典男教授と大阪府立公衆衛生研究所の熊谷信二さん。

松田

疫学調査をされた方ですね。

中村

その方たちを呼んで、古川さんが事実を伝え調査の相談を持ち掛けたそうです。だから多分彼女はそのとき、もうクボタしかないというぐらいのあれをしとったんだと思うんですよ。

そんで一月末くらいから動き出してたと思うんですよね。三月には、「これはオフレコやけど、クボタと今接触してる」言ってたんで、三月終わりから四月にかけては、かなりクボタとの交渉が進んでたと思う。それで五月、六月で、見舞金のとこまで、金額まで詰めていってたと思うんですよ。見舞金の金額はクボタと当事者、交渉委員の間で検討されて公表されたようですね。

松田

その時期は、クボタとの交渉の方は古川さんだけですか。

中村

僕は行ってないです。やっぱりこれはあんまり早いうちから洩れたら、クボタも大変なことになるし、それこそ全部が、日本国中がパニックになってしまうんで、いうことで、ずっと抑えとったみたいですね。ですから少人数で交渉しとって。

松田

アスベストの被害の広がり、また補償や賠償の問題を考えた時に、クボタは一つの大きなケースだと思いますが、他方では、泉南の国家賠償訴訟のような問題もあります。私たちも先日、泉南の問題に関するシンポジウムに参加したのですが。

一種の戦略と言えばおおげさですが、クボタの問題はクボタだけの問題ではないことになっています。そのあたりは、会として、あるいは中村さんとしてはどんなふうにお考えですか。

中村

やはりまず、クボタが最初に提示したすべてですね、一番最初の、見舞金、弔慰金から始まって、救済金という名目で2500万から4600万でしたっけ、この救済金いう名目ではあるけど一応補償を打ち出したと。これはほんまの始まりやろうな、と。これが一応たたき台となるんちがうかなと。他の企業でもですね。思ってるんですよ。

松田

泉南問題に関するシンポジウムには、アスベストに限らない公害問題に取り組んできた弁護士が集まっていましたが、こちらでも訴訟に進んでいく可能性もあるのでしょうか。そういうことも多少視野に入れてるのでしょうか。そのシンポジウムの話では、香川県の会社のケースですが、交渉はするけども額があまりにも低いので、交渉が決裂し、訴訟になるかもしれないということでした。そのような可能性はあるのでしょうか。

中村

実はですね。僕らこの患者と家族の会っていうのは、個人的な訴訟っていうんですか裁判、これの支援っていうのはしないと。基本的に。

松田

会としてもしないのですか。

中村

会としても、です。個人としては応援としてそれぞれの会員さんが自由だけど、会としては裁判のバックアップはしません。これが基本で来てますし、今後もそうなるでしょうね。

松田

仲介されてるっていうわけですね。現に今だと400人近い会員があるわけだから、訴訟に進められている方も個人的にはあるわけですか。

中村

個人的に動きがあるのは、あります。これは関東の方で、横浜のほうで。元国鉄職員ですね。が、訴訟を、裁判しようかという動きを今見せているところですね。もうボチボチ動き出すかなぁいうぐらいですね。僕ら会としては裁判には支援しません、応援しませんっていうのが一つの決まりなんです。

松田

その理由は何でしょうか。

中村

やはり裁判起こすとなったら、いろんな方、いろんな難しい裁判、そして、時間がかかります。ただそれに対して役員が一人なり二人、手とられると思うんですよ。そこまで我々の会も体力ないし、そこまでは立ち入りしませんというのが基本的な考え方なんですよ。

たとえ会が大きくなっても、会員さんが賛助会員さん含めて一千人になろうと一万人になろうと、この考えは変えるつもりがないと。それは統一見解です。どんだけ大きくなろうと、例えば、寄付金とかもらって裕福になったとしても、そこまではする気持ちはありません。そこまでしたら大変な事になってくる。

それをしないがために弁護団が協力してくれてますんで、関東で五人、関西で五人の弁護士が一応バックアップしてくれる体制になってますから。これは中皮腫・じん肺アスベストセンターも含めての弁護団なんですけどもね。名取先生のところのグループも含めての弁護士。

松田

泉南の方の弁護士さんのグループと、今、こちらの会をバックアップされてるグループとは全く関係ないのですか。

中村

全く関係ないですね。

松田

対立しているわけでもないのですね。

中村

対立はしていません。僕らもですから、泉南の方からいろいろお話し聞いたり、また情報があったら泉南の方に提供したりとか、古川さんのほうはしてると思うんですよね。

松田

泉南で聞いた話なのですが、弁護士さんの話では、建設、吹き付け作業をしていた方が、大阪で訴訟をするとのことでした。

中村

吹き付けですか。

松田

はい。

中村

吹き付けは、僕は聞いたことがない。

松田

前回の話では、中村さんのようなかたちで中皮腫になられた方が多いと思いますが、その場合、因果関係を特定しにくいが、そういう場合、どうするのかを訊くと、そういう人が一人いて、訴訟の準備中である、と弁護団長が言われました。

中村

吹き付けいうたら、業者も多くないし限られてくると思いますね。

松田

八幡さんも聞いてないですか。バスの中でちょっと雑談してた。

八幡さくら (神戸大学文学部)

天井を作る作業とか。

中村

ああ、軽鉄・軽天ですね。

松田

私が間違ってますね、天井を張る作業って言ったかな。

中村

骨組みを、下地を作る職人ですね。

松田

ちょっと違うんですかね。

中村

違いますね。

松田

そっちはまた吹き付け業者とは関係ないんですか。

中村

関係ないですね。それやったら知ってます。

松田

知ってる方ですか。

中村

名前も知ってます。天井の下地とか壁を作って、それにボードとか張っていくんですけど。その下地屋さんですね。多分ゼネコン相手だと思うんですよ、大手三社ぐらい相手にして訴訟を起こすん違うかなと。

ゼネコン相手だったらそこで仕事していたという保証があると。裏づけ取れたとしても、どうなんでしょうね。うちの現場では使ってなかったとか。また、うちの現場でそういう人働いてなかったとか、濁してごまかしていくんちゃうかな思うんですよね。

どっちにしても、そういう人らはお客さんがあってゼネコンありますやん。こっからまた、一次になって、二次三次、下手したらたぶん四次ぐらいの下請けになってくるんで、下地屋さんは。三次から四次下請けになるんで、そしたらゼネコンいうたらそこまで責任もてんってなってくると思うんですよね。これは一概には言えない。

松田

一番なんか救済されにくいというか。

中村

(救済されにくい)立場ですね。

松田

中村さんご本人の場合でも、クボタでもないし、立場的にはその方と近いわけですね。

中村

まったく一緒です。

松田

そういう意味では、補償とか賠償を考えることはないのでしょうか。

中村

まったくないんです。だからそれをやろうと思ったら、国賠に。それで、訴えるとしたら、政府になる。もうゼネコン相手に訴訟起こしたってしょうがないし。ですから、訴えるとしたら、当時の政府、行政が何の手立てもしなかった、不作為があったというので訴えていかんと始まらんのです。

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