Last updated at 1 MAR 2000


最近の活動(平成11年度)

若狭・小浜の文化財を巡る旅(博物館実習B)

 7月12日から13日にかけて、若狭(現在の福井県西部)小浜とその周辺の古寺を巡るゼミ旅行(博物館実習B事前実習)を行いました。百橋先生、宮下先生に加え、前期の博物館学の講師をしていただいた京都国立博物館の中村先生の3人の先生方に引率していただき、美術史を専攻する大学院生、学部生など21名が参加しました。彫刻史を専門とされる中村先生には、個々の仏像について愛情のこもった解説をしていただきました。

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 小浜は、東大寺のお水取りで使われる清水を汲む若狭井があることからも知られるように、古くから都と縁の深い地です。そのため奈良時代以来の仏像などがたくさん遺されており、国指定文化財の数は京都や奈良に次いで三番目に多いそうです。今回のゼミ旅行では、その中から羽賀寺、多田寺、妙楽寺、円照寺、谷田寺(以上小浜)、中山寺(高浜)、清雲寺、常禅寺、長楽寺(以上大島)、長慶院(小浜)の十ヶ寺を選んで拝観させていただきました。奈良時代から鎌倉時代にまたがる様々な時代の非常に多くの仏像の優作を間近くから見学させていただき、それぞれの時代の様式や技法の変遷を見ることができ、また都の洗練された作風のものや地方独自の造像による思われる作風のものなどが混在し、表現の違いに対しても関心を持ちました。(右の写真は長慶院・聖観音坐像(平安初〜中期))   obama3
 最後になりましたが、このゼミ旅行では中山寺の住職で小浜市教育委員会にお勤めの杉本さんにいろいろとお世話になりました。特に、鎌倉時代の最も優れた作として知られている馬頭観音像を伝える中山寺の書院に泊めていただいたことは、大変印象的でした。夜には小浜の文化財にまつわる様々な興味深いお話を、朝には特別に秘仏の馬頭観音像を開扉して見せていただきました。また、他のお寺にも事前にご連絡いただき、さらに移動の為にマイクロバスを手配して下さるなど、気温の上がる夏にも関わらず、一番の目的である文化財見学に十分なエネルギーを注ぐことができました。おかげさまでたいへん有意義な見学旅行となりました。改めて御礼申し上げます。どうもありがとうございました。   obama2
中山寺にて杉本さんを囲んで記念撮影

三井寺曼荼羅の調査

 当研究室が行っている加西市史編纂事業における一環として、加西市内の個人が有する三井寺曼荼羅の調査を7月9日(金)、大阪市立美術館において行いました。調査メンバーは百橋教授、大阪市立美術館の石川学芸員、大学院生の志賀、古川の計4名。今回の調査ではX線撮影を中心に行いました。なお本調査の結果の一部は後日、当ページにて公開します。

高校生のためのオープンキャンパス

  8月6日(金)に神戸大学文学部のオープンキャンパスが開催されました。毎年多数の高校生が訪れ、今年も約250人が参加しました。まず参加者全員に文学部の概要を紹介するの説明会があり、その後6グループに分かれ、日本・東洋美術史や心理学などの研究室を訪問しました。
 美術史研究室では日本・東洋美術史専攻の大学院生2人および西洋美術史専攻の大学院生2人の計4人により、研究室の説明が約15分行われました。内容は@美術史とは、A日本東洋美術史と西洋美術史の概要、B美術史研究室のカリキュラムと活動内容、C卒業後の進路などです。また本研究室が所蔵する美術作品のレプリカを展示し、各作品に簡単な解説を加えました。今年のオープンキャンパスでは、積極的にに質問する人や、説明終了後も研究室に残って画集に見入る人がいたりと例年以上に熱心な高校生が多かったようです。



文化財被害調査
−阪神・淡路大震災の経験を生かして−

 去る9月21日未明に台湾中部を震源として起こった大地震による倒壊した建物や,レスキューの活動など,連日テレビや新聞で報道されるニュースは,5年前の悪夢である阪神・淡路大震災を一瞬にして想起させた。台湾にはかつて本学大学院文化学研究科に留学し,まさにあの大地震に遭遇し,下宿は全壊し,命からがら這い出して助かったものの,翌日私が4時間もかけて安否を尋ねてさんざん探し回ったあげく,遠くの避難所での涙の邂逅を果した卒業生 陳 階晋君がおり,今は台北の国立故宮博物院に研究者として勤務している。彼の提出した課程博士論文が9月の文化学研究科委員会で承認されたばかりなのに,はたまた地震に遭うとはなんという運命の過酷さだと慨嘆せざるを得なかった。
 しかし次の瞬間私の頭をよぎったのは,特定研究「兵庫県南部地震に関する総合研究」(平成9年度)の最終報告書にも文化財の被災と保存の課題を報告したが,今火急の課題としてその災禍の渦中にある台湾の文化財の被害の現状を調査し,合わせて神戸での地震被害とその後の対策を伝える国際的な支援や経験交流ができないものかということであった。幸い都市安全研究センターの協力教官でもあり,日頃から美術館や博物館における美術史研究のあり方や文化財の保存には関わってきたことから,直ちに関係方面と相談し,文学部と都市安全研究センターによる文化財の被害状況とその保存・保護に関する調査団という形で台湾に出かけることとなった。

 調査団にはイタリアにおける1997年の地震によるアッシジのルネッサンス期の教会堂壁画の崩落被害を調査してきた美術史学の宮下規久朗氏をはじめ,先の大震災の時歴史資料ネットワークを組織してレスキューにあたった貴重な経験をもつ日本史学の奥村弘氏や,震災当時の文学部長鈴木利章氏,前の文学部長真方忠道氏,外部からは神戸市立博物館の成沢勝嗣氏や大阪経済大学の長田寛康氏などに加わっていただいた。
 10月14日から4日間の日程では十分な調査は望めなかったが,幸い台北では世界的な美術館である故宮博物院にはほとんど被害がなく,陳君にも笑顔で再会し,文学博士の英文の学位記を手渡すことができた。今回の調査には,台湾から本学に留学した卒業生 潘 亮文,林 珠雪や現役の陳 日熊,楊 素霞などの人脈が全面的な協力体制を組んで行ったことはいうまでもない。しかし調査を進めるうちに台北での文化財の被害は軽微であるが,意外にも将来に渡る重大な問題をはらむ可能性を感じた。すなわち見かけはなんの被害もない台北市立美術館ではコンクリートの建物に目に見えない亀裂が発生し,雨水が垂れて,陳列中の美術作品の上に垂れており,また国立歴史博物館では清朝の役所の木造の建物の後ろにコンクリートで付加した陳列舘の柱が断裂によるひびが幾筋も入り,柱自体が傾いていた。木造部分の建物にはなんの被害もないのに,近代のコンクリートによる,文化財の修復や補強に課題を残しているように見受けられた。
 一方震源に近い台中では文化財の被害は激甚で,清朝末期の由緒ある邸宅と庭園で有名な霧峰の林家は尽く倒壊し,中を飾っていた書画や陶磁器などの美術品はがれきの下になったままということで,文化財のレスキューは全く入っていなかった。幸い火災は発生していないが,もっとも心配な雨による書画などの損傷には,ただビニールシートをかけてあるだけで,しかも既に二次被害としての盗難があり,林家の当主は現場に寝泊まりし,さらに軍隊の兵士が警護に当たるなど,混乱を極めていた。文化財としての建物の貴重な建築部材の搬出保管の作業も全く手つかずで,今後の文化財の復興にとって,救出,保管,保存処置,修理,修復といった文化財の復興のプログラムに対してのアドバイスが必要と強く感じられた。台中の国立台湾美術館では建物の被害もあって半年の間閉鎖を余儀なくされ,また収蔵庫の作品収架してある棚が倒壊して危険な状態とされ,美術作品の収蔵,展示に耐震,免震設計の必要があり,神戸での経験が参考として多くの関係者から尋ねられた。

 16日には台湾大学で,講演会と討論会を行うように要請され,調査団一行は神戸の文化財被害と美術館の被害の経験と神戸の災害時の大学の対処と復興をテーマに予定時間を遙かに超えて質疑応答を行った。そこには国立故宮博物院の主要な学芸員をはじめ,台湾大学の美術史や歴史の研究者をはじめ,台中からも文化財関係者が多数出席した。文化財の救出や修復といった火急の課題のみならず,今後の文化財保存のありかたや耐震設計を含む美術館・博物館での収蔵や展示のありかた,さらに災害時の大学の教育環境の保全とその回復への取り組み方など,神戸の経験が台湾の文化財関係者並びに大学関係者にとってきわめて貴重なアドバイスとして切望されていることが熱っぽく伝わってきた。さらに相互の学術と経験の交流の発展を期待したい。

―文:百橋明穂先生 『六甲ひろば』No.27(平成11年11月15日発行)に掲載―

国際シンポジウム
「地震から文化財を守る−阪神大震災5周年と台湾大震災」

 大震災の被害には,人命のほかに文化財産破壊という問題があります。地域の伝統や人々のアイデンティティーのよりどころである文化財が破壊されることは,災害の直後には強く認識されなくとも,時間の経過とともにその喪失の深刻さに慄然とさせられるものです。文化財の救出と修復は急を要するにもかかわらず後回しにされることが多く,それが被害の拡大を招いています。このことが阪神大震災で得た最大の教訓であったといってよいでしょう。
 すでに本学文学部は,晩秋台湾を大地震が襲ったとき,調査団を派遣して台湾の文化財の災害状況を調査しつつ,台湾大学で開催されたシンポジウムで文化救出の緊急性を訴えてきましたが,今回,復旧に取り組んでいる台湾の文化財の専門家約20人を招いて,国際シンポジウム「地震から文化財を守る−阪神・淡路大震災5周年と台湾大地震」を主催しました。(1月28日:滝川学術交流会館)。台湾の文化財被害とその復旧作業の現場を報告していただき,阪神大震災のとき文化財の保全修復に携わった多数の国内関係者の意見と提言を交えて,長時間にわたり活発な意見交換がなされました。午前中は百橋明穂文学部教授の司会で台湾の関係者による報告,午後は「美術工芸・史料」(司会・宮下規久朗文学部助教授)と「文化財建築」(司会・足立裕司工学部教授)という二分野の分科会に分かれ,より専門的な議論が展開されました。このとき,阪神大震災の折,本学文学部を中心とする「歴史史料ネットワーク」が倒壊家屋から多くの美術工芸品や史料を発掘したことや,被害を蒙った美術館や博物館が連帯して企画や社会教育に取り組む「阪神間ミュージアムネットワーク」の活動などが紹介されました。最後に奥村弘文学部助教授の司会で総括と提言があり,台湾側は,神戸の経験を生かして今後も文化財復興に惜しみない援助を継続していくことを約束しました。約200人の熱心な参加者を集めた今回のシンポジウムで,文化財を軸とする新たな国際交流のあり方が模索されました。

―文:『六甲ひろば』No.30(平成12年2月15日発行)に掲載―

神戸大学美術史研究会の発足
(美術史論集の刊行)

過去の研究室の活動


神戸大学文学部美術史研究室 制作
arthist@kobe-u.ac.jp